生活”季”典 of 女性研

女性の知恵を収集・発信して30年のみかなぎりかがお届けします!

12月下旬

除夜の鐘はなぜ108つ?

大晦日、除夜の鐘を打ち鳴らします。深夜0時を挟む時間に108つの鐘が鳴らされます。
 108つという由来には数々あるそうですが、人間の煩悩には108つあるというのが有力。
 ちょっと難しいけれど、なぜ108つなのか。煩悩には、目・耳・鼻・舌・身・意(心)の六根があります。そのそれぞれに、好・悪・平(どっちとも言えない)があって18類。その18種類にさらに、浄・染(汚い)があって36種。それにまた、前世・今世・来世の3世を掛けると108つの煩悩があるというわけです。
 鐘を打つ時には、まず鐘に向かって合掌してから打ち鳴らすのが作法だそうです。

12月上旬

干て美味しくなる素材

素材を干すと、味を深め、香りを高め、歯ごたえを良くし、素材本来の持つうまみを引き出せます。
 当地は畑が多く、さまざまな野菜をいただきます。野菜を干すと水分が抜けて栄養価が増すだけでなく、渋み成分が抜けて食べやすくなります。そしてサクサク、シャキシャキと歯ざわりもグンとアップします。
 香りが増すのも嬉しい特長です。シイタケ、シメジ、玉ねぎなどはその効果が実感できます。また、水分が抜けてカサが減って、少量でも食物繊維がしっかり摂れるというメリットもあり、腸の働きを活発にしてくれます。
 冬になるとたくさんいただく大根。皮を剥き、1ミリくらいの輪切りにして陽に干すのがお勧め。細切りの切り干し大根より大根の風味が生きていて、好評です。

11月下旬

ワインを楽しむ

ワインには赤、白、ロゼ、スパークリングと種類があります。
 赤は黒ブドウを醸造して作ります。透き通ったルビー色の若飲みタイプのボジョレーヌーボーや、ガーネット色のボルドー、ブルゴーニュなどが代表例。
 「常温で」と言いますが、欧米と高温多湿の日本では温度が違うので、暑い季節はちょっと冷やしたほうが渋みが抑えられて美味しいと思います。
 白は白ブドウや黒ブドウを絞り、果汁が色づく前に果皮を取り除きます。
 ロゼは黒ブドウを醸造する段階で途中で果皮を取り除きます。
 スパークリングはフランスのシャンパーニュやスペインのカヴァなどが代表的。
 ちなみにワインの生産が日本一の山梨県は「ワイン県」と命名されました。

11月上旬

紅葉真っ盛り

品種改良の結果、“〇〇もみじ”という植物がたくさんありますが、“もみじ”とは本来“もみじす”、つまり紅葉するという意味でした。“かえで”が“もみじ”すると“紅葉”と呼ばれました。
 というわけで、我がデイサービスの名前“かえで”は、まだ紅葉にはなっていない若い木のこと。65歳以上の職員もまだまだ若いつもり。利用者様もまだまだ若いつもりでお付き合いしています。
 山梨県の紅葉の名所は数々あります。お勧めは、昇仙峡、ラジウム温泉から金山平に抜ける道。そして我が南アルプス市には「県民の森 伊奈が湖」という名所があります。当施設からは車で30ほどの所。機会があったらご案内しますので、おいでください。そして当施設も視察なさってください。

10月下旬

ハロウィン

ハロウィンはカトリックの聖人の日の前夜祭。Hallow’s=聖人のeen(古語で前夜)だからHalloweenと呼ばれるようになりました。
 10月31日は死者の霊や魔女が出てくると信じられ(日本でも季節の変わり目は鬼に狙われると信じられています)、身を守るために仮面をかぶり、魔女除けの火を焚いて家中にめぐらせました。いわば日本のお盆のようなもの。
 ヨーロッパでは大きな蕪をくりぬいて目鼻をつけ、内側にろうそくをともします。アメリカに渡った移民たちは刻みやすいカボチャを使ったので、アメリカから伝来した日本ではカボチャが主流になりました。
 お祭り好きの日本人。あっという間に広まって、最近は大きなお祭りになりましたね。

10月上旬

世界郵便デー

10月9日は「世界郵便デー」。全世界を一つの郵便地域にすることを目的として万国郵便連合が発足した日を記念して定められました。
 万国郵便連合は加盟国の郵便業務を調整し、国際郵便システムを司る国際機関で明治7年にスイスで結成されました。本部はスイスの首都であるベルンに置かれています。日本は明治10年に加盟しました。
 日本では全国均一料金の切手を貼ってポストに投函すれば相手に届きます。そのような近代郵便制度はイギリスで始められましたが、日本では明治4年に導入され、初めは東京・大阪間でしたが、翌年に全国展開されました。
 10月から郵便料金が高くなりましたので、郵便物を出す時には気をつけましょう。

9月下旬

日本の秋は菊尽くし

春になると庭には様々な花が咲き、仏様に供える花には不自由しません。ところが盛夏になると、切り花は端境期になるのですね。松葉ボタン、ノコギリソウ、サルスベリなどの花は咲きますが、切り花には向きません。
 秋になると、さまざまな菊が咲きますが、これは水揚げも良いし、長持ちもするし、切り花に最適です。
 観賞用としては最適な菊ですが、お料理には添え物としてしか利用されません。蒸した菊の花びらを添えた菊蕎麦、菊の花びらを酢入りの熱湯でゆでて白魚の澄まし汁に乗せた糸菊椀など。
 生で使うと香りが強すぎる菊は、乾燥させて使いました。代表は「阿房宮(あぼうきゅう)」、八戸を中心に生産されています。
 山形で生産されているのは「もってのほか」。ロンドンの友人が「もってのほかが欲しい」というので、乾燥して板状にした「もってのほか」をお土産に持って行きました。ところが、もってのほかという名前の漬物が欲しいということだったのです。でも、茹でて戻し、酢とだしと砂糖で作った合わせ酢も作って瓶に入れて冷蔵庫へ。残った菊を美味しく食べてくれたのでしょうか?

9月上旬

9月9日は救急の日

公とよらず、民間とよらず、“〇〇の日”と決めるのがお好きな様子。
 9月9日はキュウとキュウが重なるのでキュウキュウの日、救急の日だそうです。この日を含む1週間(日曜日から土曜日までを救急週間としています。つまり、9日が土曜日ですから15日の日曜日までが救急週間ということになります。
 昭和57年(ずいぶん昔から決められていたんですね)、「救急業務および救急医療に対する国民の理解と認識を深め、救急医療関係者の意識高揚を図ることを目的としている」そうです。
 そんなにも昔から決められていたにも関わらず、最近では救急車を無料タクシーがわりに呼んで病院にかけつける人がいるそうです。救急週間をきっかけとして、救急車の使い方について考えてみたいものですね。

8月下旬

夏祭りは伝染病平癒

春の祭りは農業の神様を山から迎え、豊作を願う意味があります。秋の祭りは豊作に感謝して、農業の神様を山にお送りする意味があります。
 では、夏祭りは?
 代表は、京都の祇園祭ではないでしょうか。祇園祭は、貞観11年(869)に疫病が流行し、人々は天竺の祇園精舎の守護神である牛頭天王の祟りであると考え、祇園の神様を祭り、神輿を担いで厄災の除去を願ったことに始まります。
 八坂神社にお祭りされている牛頭天王はあばたに描かれていますが、それは疫病の中でも最も恐れられていた疱瘡封じを願ったからでした。
 8月は夏祭りが方々で開催されます。暑さの中で、汗がちぎれ飛ぶくらいに活動すれば、疫病も退散するような気もしますね。

8月上旬

火は清浄なもの

 東京は7月が盆。でも、8月が盆という地域も多いのではないでしょうか。
 13日の夕方には先祖の霊が迷わずに我が家にお帰りになれるようにと、家々の門口で迎え火を焚きます。そして盆の最終日の16日の夕方にはまた門前で送り火を燃やし、精霊の帰る道を明るく照らします。
 神様や仏様を迎える時、火を焚くのは、道を明るく照らして間違いなく我が家とあの世との行き来してくださるようにという意味でもありますが、火を清浄なものと考える思想があったからでもあります。神や仏は清浄な火に導かれ、火に依りついてこの世に降りて来てくださるのです。
 この地域では盆の間は毎日、お墓の灯篭に火を灯します。ご先祖様は我が家に帰っているのに。それは、一説にはご先祖様全員が我が家に帰るわけではなく、留守番がいるからとかという説。もうひとつは、墓が空になると鬼に狙われるからとか。
 いずれにしても、風習ですから毎夕、お墓に火を灯しに行きます。 

7月下旬

藪入りに持たせた水ようかん

 羊羹を羊の羹(あつもの)と書くのは、古代中国が起源。もともとは羊のスープのこと。ゼラチンが多くて冷えると固まり、その状態を模してお菓子の羊羹の名前に転用したそうです。
 羊羹は小豆を良く練って砂糖を加えた高級品。1本1万円などというものもあるほど。水ようかんは水分が多い普及品。
 昔々、盆暮れだけは丁稚が里に帰ることを許されました。その時に土産として持たせたのが安価な水ようかん。そのために“丁稚羊羹”とも呼ばれていたとか。

7月上旬

梅雨のカビ対策

 およそ暦に使われる事象・用語は中国から渡ってきました。6月から7月にかけてシトシト・ジメジメと続く長雨はバイウと呼んでいます。これも中国渡来の言葉。
 ところが、中国では黴雨(バイウ)と書きます。まさに湿気と温度が黴に絶好な季節なのでリアリティーがありますね。
 日本に渡ってきた時、黴を誘う雨ではいかにも味気ないので、梅雨と書き表しました。ちょうど、梅の実が実るころなので梅の字をあてたものです。日本人の美意識が表れた言葉だと思うと、長雨を楽しもうという気持ちになりませんか?

6月下旬

富士山の永久凍土

 温暖化でしょうか。お米の産地もだんだん北に広がり、今では北海道が美味しいお米の産地と言われるほど。
 今年の冬は雪が少なく、富士山では永久凍土が無くなってしまうということです。永久凍土は大自然のダムのようなもので、しみ込んだ水分が長年かけて流れ出し、ミネラル水を作り出しています。また、山肌を保護し、土砂が流れるのを防いでくれるのも永久凍土。それが少なくなると、あの裾を曳く優雅な姿にも影響があるのだとか。温暖化はいろいろなところに影響を及ぼすのですね。
 我が家の2階からは富士山が望めます。自転車で移動すると、あちこちで富士山の姿が見られます。“あら、昨日、雪が降ったのね”と白い富士山を眺めた翌日の晴れた日には青い山肌が見えたり。永久凍土になるほどには雪が降っていないということですね。
 今は青々とした富士山を眺めています。

6月上旬

平年の梅雨入りは6月8日頃

 水無月。地上に雨が降り、天上には水が無くなってしまう月。
 関東甲信越では、平年の梅雨入りが6月8日頃だそうです。まもなくうっとうしい梅雨がやってきます。デイサービスの利用者様の中には、低気圧の日は膝や節々が痛いという人が多いので、気をつけなければいけない季節ですね。
 うっとうしいからといって、家に籠っていると、気分はますます沈んでしまいます。お迎えに行った時、励まして連れ出してデイサービスにいらしてしまえば、気分転換になり快適に過ごしていただけます。
 そう、高齢になると「きょういくときょうようが必要」と言われます。今日、行くところがある、今日、用がある、というのが元気の秘訣のようですよ。

5月下旬

桃太郎と金太郎

 端午の節句に飾られる桃太郎と金太郎とは?
 桃は霊力を持った崇高な果物と考えられていました。桃太郎は、桃のようにかわいい男の子という意味ではなく、霊力を持った子供という意味。鬼退治には、梅太郎でも桜太郎でもなく、桃太郎である必要があったのです。
 金太郎は相模・足柄山に住むという伝説上の人物。熊を相撲で打ち負かす力持ちという設定。足柄山を通りかかった源頼光と出会い、坂田金時と改名し、京都・大江山の酒呑童子を退治してその名をとどろかせたということです。
 以前は、足柄山に金時娘という人が居ましたが、今はどうなんでしょうか?

5月上旬

邪気を払う粽、めでたい柏餅

 粽は茅(ち・かや)で巻いた餅というのが語源。餅にも霊力が宿っていますが、さらに茅にも呪力があると考えられていました。茅を刀剣に見立てて魔よけの効果を狙ったものでしょう。江戸時代になると、茅の葉ではなく、笹が用いられるようになりましたが、チマキという言葉は残りました。
 柏餅が登場するのは江戸時代から。餅も餡も砂糖も貴重品で、ハレの日のごちそうです。
 柏の葉は、新芽が出てくるまで古い葉が落ちません。そこで、次の世代が生まれるまでは当代は死なない、つまり家が絶えないというお家繁栄の願いです。
 粽も柏餅も近隣縁者に配られました。同じ物を食べてみんなで霊力をいただくのは、節供のゆかしい習慣でした。 

4月下旬

いよいよ、平成が終わります

 4月30日を限りに平成が終わりを告げます。
 昭和の終わりに立ち会った私たちは、当時のことを思い出します。カレンダーや印刷物の奥付に入れる日付を、西暦にしたいけれど“それはまかりならぬ”と当局からお達しが来ました。昭和天皇の病状が悪化していたので、それを前提に西暦にするとは何事だということなのでしょう。当時は、日本中に厳粛ムードが漂っていたのです。
 この度の改元は、お祝いムードがいっぱいですね。史上まれに見る10連休などがあり、旅行やレジャーを計画している人も多いことでしょう。いっぱいお金を使って日本経済を活性化して欲しいものです。
 私どもは年中無休ですから、10連休も関係ないのですが。 

4月上旬

世界宇宙飛行の日

暦を見ていたら、「世界宇宙飛行の日」というのがあることを発見! 4月12日です。
 1961年。当時ソビエト連邦と呼ばれていたロシアが、ヴォストーク1号を打ち上げ、世界初の有人宇宙飛行を成功させました。人類初の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが言った言葉「地球は青かった」はあまりにも有名です。
 当時は高校生でしたが、鮮明に覚えています。

3月下旬

仏壇は毛筆の筆、建具は洋画の筆

お彼岸がやってきます。仏壇の掃除をしなければなりません。でも、仏壇は細かい細工がしてあって、そこにホコリがつもり、掃除がしにくいものですね。
 私は毛筆の筆を洗って糊を落とし、それで細かい細工の埃を払い落します。
 洋画の筆も掃除に役立ちます。ガラスが嵌っている戸の隅のホコリ、建具の隅のホコリ、洋風家具の隅のホコリ……隅っこのホコリは筆でなければなかなか払えません。
 毛筆の筆はやわらかいのでデリケートな場所の掃除、洋画の筆はしっかりしているので広範の隅っこに使えます。
 何十年もホームページを続けていると、同じことの繰り返しで申し訳ありません。新しい訪問者が見てくださいますように。
 

3月上旬

お雛様はゆっくりしまう

「ひな祭りが終わったら即、お雛様をしまわないとお嫁に行き遅れる」と言われています。お片付けはさっさとするのが家事上手という躾だと思っていませんか?
 でも、それは雛業界の陰謀という説があります。
 3月3日のお雛祭りの次は5月5日の単語の節句。お雛様をあまり長く飾っておくと、5月人形を買うのが遅くなってしまうので、早く買わせようとしているというのです。本当でしょうか。
 忙しい現代生活ですから、必ずしも翌日に片付ける必要はありません。次の休日にでもゆっくりやったらいかがでしょうか。

2月下旬

そろそろお雛様を飾りましょう

3月3日はもうすぐ。2月下旬にはお雛様を飾りましょう。ひな祭りが終わったら素早く片付けなければならないと言われていますが、飾る時期には制限ありません。
 お雛様は、本体とお道具がさまざまあって、仕舞う時に苦労します。そこで、出す時にどの箱に何がどんな姿で入っているか、記憶しておかなければなりません。あるいは、箱に書いていくといいですね。
 近年、居住スペースが狭くなり、お雛様を飾るスペースがなくなってしまいましたが、お内裏様だけでも玄関に飾って季節を楽しむというのはいかがでしょうか。

2月上旬

節分の豆まき

2月3日は節分。文字通り季節を分ける日です。季節の変わり目は鬼が入り込む隙ができると考えられていて、特に冬から春への季節の変わり目は、人々の期待も込めて鬼退治が行われます。神社やお寺では追儺(ついな=難を追う)儀式が行われますが、一般家庭では夕暮れに柊の枝に鰯の頭を刺したものを門口に飾ります。鬼は臭い鰯と刺して痛そうな柊の葉を嫌って家に侵入しないというおまじない。
 夜になると炒った大豆を升に入れて「鬼は外、福は内」と言って豆まきをします。豆は五穀の中でも位が高く、神の目とも考えられ、さすがの鬼も退散するのでしょう。
 

1月下旬

だいかん、たいかん

20日は「大寒」。「だいかん」と読んでも「たいかん」と読んでもいいようです。
 これから2月3日の節分、4日の立春までは文字通りの寒い日が続きます。さらに2月も「きさらぎ=衣更着」と呼ぶ月ですから、立春とは名ばかりの寒さが続きますね。
 大寒の食べ物は卵。そもそも鶏は寒い時期には卵を産まないのだそうですが、その寒さにも負けずに卵を産む鶏は、エネルギーもあり、健康でもあり、その卵は滋養があるそうです。
 こどもが食べると丈夫になり、大人が食べると金運アップとか。鶏の強運にあやかって、大寒卵を食べて今年1年を乗り切りましょう。
 

1月上旬

元旦はおせち料理

私どものデイサービスは年中無休。利用者様はお1人住まいの方も多いので元旦は特別にお招きします。
 元旦は、お屠蘇、お雑煮、有名レストランから取り寄せたおせち料理で祝います。おせち料理とはお節句料理がなまったもの。縁起を担いでめでたい素材を揃えるのが習わしです。
数の子:たくさんの卵を抱える鰊にあやかり、子孫代々の繁栄を願います。
田作り(五万米):片口鰯の稚魚を干したゴマメは、高級肥料で田植えに蒔くと五万もの米が採れたという由来。
海老:長い髭と丸い背中から、夫婦共に長生きできるようにと不老長寿の願い。
黒豆:黒には魔よけの力があり、この一年マメ=真面目に働き、健康に過ごせるようにという願い。
昆布巻き:「よろコンブ」のごろ合わせから、祝いの席の必需品。
きんとん:漢字では金団と書き、財宝の意味。
 最近はおせちを作らなくなった家庭もあるようですが、せめて何品か取り入れ、新しい年を祝いたいものですね。

 

1月上旬

元旦はおせち料理

私どものデイサービスは年中無休。利用者様はお1人住まいの方も多いので元旦は特別にお招きします。
 元旦は、お屠蘇、お雑煮、有名レストランから取り寄せたおせち料理で祝います。おせち料理とはお節句料理がなまったもの。縁起を担いでめでたい素材を揃えるのが習わしです。
数の子:たくさんの卵を抱える鰊にあやかり、子孫代々の繁栄を願います。
田作り(五万米):片口鰯の稚魚を干したゴマメは、高級肥料で田植えに蒔くと五万もの米が採れたという由来。
海老:長い髭と丸い背中から、夫婦共に長生きできるようにと不老長寿の願い。
黒豆:黒には魔よけの力があり、この一年マメ=真面目に働き、健康に過ごせるようにという願い。
昆布巻き:「よろコンブ」のごろ合わせから、祝いの席の必需品。
きんとん:漢字では金団と書き、財宝の意味。
 最近はおせちを作らなくなった家庭もあるようですが、せめて何品か取り入れ、新しい年を祝いたいものですね。

12月下旬

冬至から運が上昇する

冬至とは北半球において太陽の位置が最も低くなり、日照時間が最も短くなる日。1年で最も日が短いということは、明日から日が長くなるということです。今年の冬至は12月22日。
 明日からの太陽の恵みに期待し、世界中で冬至のお祝いがさまざまな形で行われています。中国とわが国では、陰が極まって陽に変わる日とされ「一陽来復(いちようらいふく)」といって運が向いてくるとされています。実際に日が長くなると実感するのは年が明けてからですが、運が向いてくるというのは心強いですね。ビタミンたっぷりのカボチャを食べ、ビタミンたっぷりのゆず湯に入り、風邪予防と運を招きましょう!

12月上旬

師匠(僧)が走る師走

平安末期の『色葉字類抄』には「師馳」とあり、師匠である僧がお経をあげるために馳せる(駆け回る)月とあるそうです。私どもの周辺では年末にお坊さんが来ることはありませんが、その昔はあったのでしょうか。みなさんの地域ではいかがですか?
 また年が果てるという意味の「年果つ(としはつ)」がなまったという説、四季が果てる月という意味の「四極(しはつ)」がなまったという説、一年の最後になし終える意味の「為果つ(しはつ)」がなまったという説があるそうです。
 いずれにしても、正確な語源は分からないということです。僧というより、踊りの師匠も、学校の先生も、年末は忙しく走り回るのですから、「師匠が走る」師走という現代的解釈でもよさそうですね。

11月下旬

彼岸中にお祝いはしない

ちょっと古い話で申し訳ありません。今年は秋のお彼岸中に中秋の名月となりました。
 「さあ、十五夜を飾ろう」と庭のススキを切っていると、お隣さんが「お彼岸と十五夜が重なった場合は、飾っちゃいけないのよ」と忠告されました。えっ!、そうだったんだ。
 お彼岸中に他の行事をしてはいけないという風習が戦前はあったようです。結婚式、お祭り、引っ越し……ご先祖様を偲ぶお彼岸の間は、他の行事は控えて静かに過ごそうというわけですね。
 十五夜を飾らなかったら、翌月の十三夜も飾ってはいけないのだそうです。
 というわけで、十五夜も十三夜も、美味しいお団子を食べて静かに空を見上げました。

11月上旬

世界津波の日

11月5日は「世界津波の日」。2015年12月の国連総会において我が国が提案し、全会一致で採択されました。津波の脅威と対策について理解を深めることが目的です。
 この日が世界津波の日とされたのは、日本の故事によります。安政元年(1854)11月5日、安政南海地震が和歌山県を襲いました。その時、濱口梧陵が稲むらに火をつけ、村人を高台に導いて命を救いました。その後、私財を投じて将来の津波に備えて堤防を築いたのだそうです。
 阪神淡路大震災、東日本大震災など大きな地震に見舞われる日本。日本ばかりではなく、インドネシアの震災。報道される度に心が痛みますが、万全の対策で臨みたいものですね。

10月下旬

読書週間が始まります

本が売れないと言われています。デジタル情報が溢れていて、なかなか本を読まなくなったのだそうです。
 読書週間の始まりは、大正13年のこと。日本図書協会が11月17日から11月23日まで「図書週間」を制定しました。昭和7年には「図書館週間」となりましたが、戦争の影響で廃止。戦後の昭和22年には11月17日から11月23日まで、第1回「読書週間」が始まりました。そして、一週間では少ないということで2回目からは10月27日から11月9日までの2週間となりました。
 デイサービスを始めてしまった今では本を読む時間はなくなってしまいましたが、出張で出かける度に持ちやすい文庫本を購入して交通機関内で読んでいました。
 どんどん溜まってしまいます。それらの本は近所の図書館で行われる「ご自由にお持ちください」というイベントに出したり、ロンドンやパリに在住する友人に送ったり。外国で日本の書籍は人気なんですね。
 本は追体験をするツール。様々な人生を追体験することによって豊かな人生になるのだと思います。

10月上旬

神様のお出かけ

陰暦の10月は、神無月(かんなづき)。国々の神様は出雲大社にお出かけになり、神様が居なくなってしまうから神無月と呼ばれます。出雲に集まった神様達は、誰と誰を結婚させようかと話し合うのだそうです。
 出雲大社には、本殿の両側にワンルームマンションのような建物があって、国々の神様はそこにお泊まりになって会議に出席するとか。
 出雲大社の注連縄の大きさには圧倒されますね。現在は機械で吊すのでしょうが、昔はどうやって吊したのかと考えさせられます。

9月下旬

暑さ寒さも彼岸まで

史上、希な暑かった夏も、一雨毎に涼風が吹くようになりました。昔の人は「暑さ寒さも彼岸まで」と良く言ったものですね。秋は確実にやって来ています。
 近年は、日本の特徴的な季節、春夏秋冬が楽しめない気候になりましたね。温暖化の影響か、ますます四季がハッキリしない気候になってしまうのかもしれません。
  特に年令を重ねると、寒暖の激しい季節についていくのが大変。くれぐれもお身体に気をつけて異常気象を乗り越えてください。

9月上旬

五節供の頂点「重陽」

日本では、奇数は吉と考えられていて、1月1日の元旦、3月3日の上巳(じょうし)の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕、9月9日の重陽の節供と、奇数が重なる日を吉として、江戸時代には5節供が盛大に祝われました。1月1日は元旦と重なるために7日に移動して人日、つまり人の節供。3月は女の子の節供、5月は男の子の節供、7月は恋人同士の節供、9月はお年寄りの節供と、バランス良く人々の祝いを行っていました。
 現代、重陽の節供が廃れてしまったのはちょとと残念。敬老の日がそれに変わるのでしょうが。
 昔は、菊の花びらを浮かべた菊酒を飲み、菊の花に着せて早朝の露に濡れた綿で身体を撫でて長寿を祝ったそうです。
 菊の花にはカンファーという香気物質があり、現代でも虫除けに使うくらいですから、科学的にも利にかなっていたのですね。

8月下旬

暑さは退かない処暑

8月23日は「処暑」。暑さがおさまり、朝晩は涼しい風が吹き始める時とされています。旧暦では7月13日。旧暦では1・2・3月が春、4・5・6月が夏、7・8・9が秋、10・11・12月が冬ですから、7月といえば初秋にあたります。
 中国で生まれたこの「二十四節気」。冬至を基点として1年を24に分けた季節の節目ですから、日本の季節感とはズレがあります。
 まだまだ暑い季節。熱中症には気を抜けませんね。

8月上旬

もう立秋です

暑い暑い7月も終わり、8月7日はもう立秋。6月21日の夏至から次第に日が短くなり、「つるべ落とし」の秋になりました。
 東京のお盆は7月13日からですが、この辺りのお盆は8月13日から。旧暦では7月3日ですから、月遅れの盆のほうが昔の季節感に近いといえますね。
 今年は母の新盆に当たるので、いつもより盛大に飾って、近所の人達のお参りに備えなければなりません。
 お盆には茄子の丑と胡瓜の馬を飾ります。胡瓜の馬はご先祖様が馬に乗って早く帰って来て欲しいという願い。茄子の丑はお帰りになるのはゆっくりどうぞという意味なのです。ここではうどん粉で作った紐状のものを2本上に掛けますが、それは鞍のつもりです。

7月下旬

そして土用の丑の日

7月20日は待ちかねた土用の丑の日です。最近はコンビニエンスが季節の移り変わりを喧伝してくれますから、ウナギの広告が出始めたら土用の丑の日と分かります。
 バレンタイン、母の日、父の日、節分のまるかぶり……コンビニエンスのおかげで以前より季節感を感じられるようになりました。商魂もちょっとは生活を豊かにしてくれているのかもしれませんね。
 さて、絶滅危惧種にも指定されている日本ウナギ。高価にになってしまいました。平賀源内のマーケティングに乗せられなくても、「う」のつく食材なら何でもいいそうですから、「うめぼし」でも舐めて熱中症を予防しましょうか???

7月上旬

半夏生

7月2日は「半夏生(はんげしょう)」。半夏生とは、烏柄杓(からすびしゃく)という毒草。この草が生える時期を指すそうです。烏柄杓という植物を知らないので、半夏生と暦に書いてあってもピンときません。なんでもこの草が生える時期は田植えの目安とされていて、昔の人は重要に考えていたので暦に残っているのでしょう。
 もうひとつ、これは中国で考案された季節を現すそうです。二十四節気をさらに3つに分け、七十二候(しちじゅうにこう)とし、気候の変化や動植物の変化を知らせる言葉として使われていました。農業や自然と遠く離れてしまった現代生活では死語となってしまいましたが、気候の変化に想いを馳せてみましょう。

6月下旬

健康寿命が男女とも1位の山梨県

誰もが、健康で長生きしたいと思っています。寝たきりや痴呆症になってまで生きたいとは思っていませんが、こればっかりは神様の手にゆだねられていますので、人間の意志ではどうにもなりません。
 健康寿命という考え方があります。何歳まで健康でいられるかです。
 健康寿命が男女ともに第1位なのは山梨県。男性72.52歳、女性75.78歳。男性では2位に沖縄、3位に静岡。女性では2位に静岡、3位に秋田。
 この順位を俯瞰してみると、どうも都会では健康寿命が短く、地方都市のほうが長いようです。自然環境のためでしょうか、それともストレスのためでしょうか。
 この町でも行政が音頭を取って百歳体操とかボランティアとか、健康寿命を長くする方法を模索していますが、さて、73歳の私が健康でいられるのは、あと2~3年でしょうか? そうならないように、身体を鍛えたり、バランスの取れた食生活を心がけなくては。

6月上旬

6(ム)4(シ)歯予防デー

 6月4日はその音にちなんで「虫歯予防デー」とされたのは昭和3年のこと。日本歯科医師会が実施し始めました。
 その後、「口腔衛生週間」「口腔衛生強化運動」また「口腔衛生週間」などと名前が変遷し、昭和33年に「歯の衛生週間」、平成25年からは「歯と口の健康週間」となって現在に至っています。
 食べ物の入り口である歯、口。ここが健康であれば咀嚼と消化酵素である唾液の分泌が順調で、胃腸の負担も少なくなって栄養が行き渡り……全身の健康の源が歯と口というわけで、これを機会にお口の健康を見直しましょうね。

5月下旬

田植えをする時期です

 5月は「皐月」。この頃は田植えをする時期なので「早苗月(さなえづき)」と呼んでいたのが、短くなったものと言われています。「サ」という言葉に田植えの意味があるので、田植えの月、サツキと呼んだという説もあります。
 以前は、田植えの時期になるとまだ田植えの時期には早い東北から関東などに若い女性が出稼ぎに来ていました。「早乙女さん」と呼ばれて、待ち望まれていたようです。
 「サ」という言葉には霊力が宿っているらしく、「サクラ」も「サナエ」も、日本の季節を現す貴重な言葉ですね。

5月上旬

チマキと柏餅

 チマキは茅(ち・かや)の葉を手で巻いた餅というのが語源。餅にも霊力が宿っていますが、さらに茅にも呪力があると考えられていました。茅を刀剣にみたてて魔除けの効果を期待したものでしょう。トゲトゲしていて、いかにも邪気を払ってくれそうですね。
 江戸時代になると茅の葉ではなくマコモの葉や笹が用いられるようになりましたが、チマキという言葉は残りました。
 柏餅が登場するのは江戸時代から。柏の葉は、新芽が出てくるまで古い葉が落ちません。そこで、次代が生まれるまでは当代は死なない、つまり家が絶えないという子孫繁栄の願いです。
 チマキや柏餅は近隣縁者に配られました。同じ物を食べてみんなで霊力をいただくのは、節供のゆかしい習慣でした。

4月下旬

うづきは卯月

 睦月(1月)、如月(2月)、弥生(3月)、卯月……古来、日本では4月は「うづき」と呼ばれていました。単に数字で月を表すより、オシャレな命名ですね。日本語の豊かさだと思います。
 卯の花が咲くから卯月と呼ばれるという説。また十二支の四番目は「卯」なので卯月と呼ばれる説もあります。
 『史記』によると、「卯」とは草がぼうぼうと茂る様子のことだそうです。暖かくなり、草木もぼうぼうと茂ってくるこの季節を現しています。そこで、庭の草取りも大変。
 「卯」がウサギのことになったのは、覚えやすくするためと言われますが、可愛いウサギのほうが愛嬌がありますね。
 この時期、ウサギが跳びはねるように株価が上がるという説もあります。株価が上がって経済がぼうぼうと発展するといいですね。

4月上旬

桜には神さまが宿ります

サは清らかなものという意味

 お花見は、風土記の時代から行われていたと言われます。古来から酒やご馳走を持って山に登り花を愛でるのは、行楽的な要素とともに儀礼的な要素もありました。桜のサは、サナエ(早苗)やサオトメ(早乙女)のサと同じで、“清らかな”という意味の接頭語です。クラは、蔵とか鞍に通じ、神さまが宿る場所という説が有力。神の依代(よりしろ・宿るところ)である桜を愛でながら飲食を楽しんだのでした。
 桜が咲き始めると、日本中の桜の名所で花見の宴が展開します。江戸から明治、そして現代になると、儀礼的な要素はすっかりなくなり、単なる宴会と化してしまったお花見。それでも、桜の季節は人々を惑わし続けています。外国の人々は、桜への狂信がなせる狂宴と見ているようですが、文化圏の違う人々に日本人の桜に対する気持を伝えるのは難しいようです。
 今年も、ご馳走を持ってお花見に出かけてみてはいかがでしょうか。ただし、ゴミは必ず持ち帰るようにしましょう!

3月下旬

今年の春分の日は

 春分の日は、3月20日から3月21日頃とされています。国立天文台が作る「暦象年表」という小冊子に基づいて閣議決定され、いつも前年の2月の第1平日の官報で発表されます。そこで、例えば今年の春分の日は昨年の2月1日に「3月21日が春分の日」と発表されました。カレンダー屋さんは、その日まで印刷ができないのです。私たちも手帳を作っていた時、ちょっとハラハラしたものでした。
 春分の日は国民の祝日。「自然をたたえ、生物をいつくしむ」ことを趣旨としています。待ち望んだ春、戸外に出て、春の息吹を感じながら、生きとし生けるものをいつくしんでみましょう。

3月上旬

おひな様は早く片付ける

  3月3日はひな祭り。おひな様を飾り、桃の花・白酒・菱餅を供え、貝料理やちらし寿司などで祝います。
 飾るのも大変ですが、仕舞うのもまた大変。「早く仕舞わないと婚期が遅れる」と言い伝えられていますが、それは何事も手順良くしましょうという戒め。また、人形業者が早く端午の節句の人形を買わせようとする陰謀という説もあります。
 しまう場合には節供過ぎの天気の良い日を選び、羽根ばたきでホコリを祓い、軟らかい和紙か布でお顔を包み、防虫剤を入れて箱に入れ、湿気のない場所に仕舞います。
 小さな小道具がたくさんあるので、出す時に仕舞い方を良く覚えておくことも必要ですね。

2月下旬

雪から雨に変わる雨水

 2月19日は「雨水」。字のごとく雪から雨に変わる頃という意味。
 冬至を基点として太陽の運行をもとに古代中国でつくられた季節の考え方、1年を24に分けた節目です。
 中国の考え方なので、現代の日本の季節感とは多少ずれがあります。
 まだまだ寒い日が続くので、いっそうの寒さ対策が必要ですね。
 そして、関東では3月になってからどか雪が降ることも多いので、注意が必要です。雪国ではない地域では、雪が降ると転倒して救急車で運ばれることが多くなりますので、滑らない履き物、雪かき道具などの準備を怠りなく。

2月上旬

節分には年の数だけ豆を食べる

 季節の変わり目を節の分かれ目、節分と言います。本来は、立春、立夏、立秋、立冬の前の日をさしますが、今では立春の前の日だけを節分と呼んでいます。
 一般家庭では夕暮れに柊の枝に鰯の頭を指したものを門口に飾ります。臭いがきつい鰯は鬼も嫌うのではないかという厄除けのおまじないです。
 また、炒った大豆を升に入れ、一家の主人が「福は内、鬼は外」と言いながら家の内外に豆を蒔きます。
 この豆、年の数だけ食べると1年間、災難に遭わないとされています。古いしきたりですから、数え年の数です。
 子供達は少ない数、大人は多い数とはリーズナブルですが、長寿社会の現在、50個も60個も食べるのは大変ですね。

1月下旬

箸のハレとケ

 お正月には両方が細く削ってある箸を使います。両方が細くなっているのは、片方は神様が、片方は人間が使い、神様と人間が食事を共にするという意味があるからです。材質は、神が宿る木とされた柳が用いられます。
 両方が細くなっているのはハレの箸。日常生活や不祝儀には片方だけが細くなっているケの箸を使います。
 元旦の食事には、両方が細くなっているハレの箸を使って家族で食事をします。箸袋には家長が家族の名前を書きますが、関東と関西では箸の向きが逆になります。箸が突き出ている部分を上にして名前を書く関東風。箸の突き出ている部分を下にして名前を書くのが関西風です。

1月上旬

屠蘇は年少者からいただく

  屠蘇とは、元日、または三が日に飲む薬酒のこと。ききょう、さんしょう、にっけい、ぼうふう、白朮(びゃくじゅつ)などを調合して三角の袋に入れ、みりんに浸したものです。これを飲むと病気を遠ざけ、1年中の邪気を払うと言われています。
 屠蘇の「屠」は殺すという意味。「蘇」はよみがえるという意味。つまり、殺されてもよみがえるという縁起物です。
 正式には屠蘇三献といい、3つ重ねた杯で、上から順に3杯すすめますが、上の杯だけを使って3回に分けて注いでもいいのです。年長者が、年少者から順にすすめて行きます。
 本来はみりんに浸しますが、我が家ではお酒に浸しています。そのほうが飲みやすいから。でも、未成年がいる家庭では、やっぱりみりんにしてくださいね。


12月下旬

冬至、ゆず湯でリラックス

 12月22日は「冬至」。まさに冬に至る日です。太陽は南回帰線に到達し、これから北に向かって暖かい日差しをもたらしてくれる日。再び太陽の力が強くなる日として「一陽来復」と言ってさまざまな期待を込めました。そこで、「ん」のつく食べ物を食べて運を呼び寄せようとしましたのです。れんこんでもだいこんでもいいのですが、カボチャを食べることが一般的です。カボチャには「ん」の字が入っていませんが、昔は「なんきん」と言って2つも「ん」が入っています。また、カボチャには抗酸化作用のあるルティン、カロテン、ビタミンCがたっぷり含まれていて、風邪予防やアンチエイジングに最適。
 ゆず湯に入ることも一般的ですが、これまた柑橘類の中ではビタミンCの含有量が一番。ゆず湯でリラックスし、香りを吸い込むことでリフレッシュし、寒い冬を乗り切りましょう。

12月上旬

お正月準備を始める「事始め」

  新しい年がやってきます。その1年の、人々の幸せを守ってくださるのが「年神様」。12月8日は「事始め」として、年神様をお迎えするさまざまな行事を始める日です。
 そして、2月8日は「事納め」。
 「事」とは、そもそも「祭り」を表す言葉で、「コトノカミ」という神様をお祭りする意味でした。
 そこで、12月8日からは神様の領域に入ります。そして、2月8日には「コト」を納め、例えば農業など人事に関することを始める日とされていました。
 この日からはお正月の準備が始まります。大掃除も年神様をお招きするために家中をきれいにしましょうという行事。年末の大掃除も、単なるお掃除というより家族の幸せを守るためと思えばエネルギーが沸いてきますよね。

10月下旬

本に親しむ読書週間

  10月27日から11月9日までは読書週間。そもそも1924年に「図書週間」が制定され、1933年には「図書館週間」と改称され、戦争で一旦、中止されたものの1947年(昭和22年)に「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という趣旨で、文化の日を中心にした2週間を「読書週間」として発足されました。大正末期から始まった読書の推奨。そのおかげもあってか、日本は世界有数の本を読む国民の国になったそうです。
 立派な人の講演や著作には、必ず「本を読め」という言葉が語られます。
 本は、日常生活と違う世界を追体験できる貴重なツール。人生の幅も奥行きも広がります。
 以前、読売新聞の広告を見た時、江戸時代に女子どもまで新聞を読んでいる風景が映っていました。江戸時代から世界に冠たる識字率を誇っていた日本です!

10月上旬

俳句が盛んな山梨県

 10月3日は飯田蛇笏が亡くなった蛇笏忌。山梨県の偉人の一人です。蛇笏のお嬢さんは私と同級生でした。
 山梨県の文学館はとても充実しています。一般に文学館は自筆の原稿とか使った机や筆記具とかを展示するだけですが、この文学館は山梨と縁のある文学者達の情報もあり、見る者を飽きさせません。もちろん、蛇笏とその子息である龍太のコーナーもあります。
 先日、近所の高齢者女性に会ったら「俳句の会に行ってきたの」と言っていました。さすがに蛇笏を生んだ土地柄。一般の人まで俳句をたしなんでいるのです。
 ちなみに亡くなった私の父は、地元の句会「巨摩の路会」の顧問をしていました。その子である私は、不調法ですが。

9月下旬

虎がいない日本の虎の絵

 日本画に虎の絵がたくさん登場しますね。日本に虎がいないのに、どうして虎の絵なのでしょうか。よく見ると、ちょっとデッサンが狂った虎の絵のような気もしますが……。
 虎は強さの象徴。「千里行って千里を帰る」とも言われ、どこまでも出かけて行って合戦をし、勝って帰ってくる。また「死して皮を残す」、つまり歴史に名を残すという意味も持っています。
 実は、中国から連れて来た虎が日本にもいたのです。江戸時代、江戸は代表的な観光都市でした。見物小屋には虎や象がいて、見料を取って観光客に見せていました。ところが、写真があるわけではないので、誰かがスケッチしたものをまた誰かが模写し、次第にデフォルメされていきます。だからちょっとヘンなんですね。

9月上旬

神社の称号

  神社は「神宮」「大社」「宮」「神社」などと呼ばれます。
 「神宮」は聖徳の高かった歴代の天皇を奉祀する神社で「鵜戸神宮」「宮崎神宮」「明治神宮」「熱田神宮」「香取神宮」「鹿島神宮」など。
 「大社」は次に格の高い神社で「出雲大社」「熊野大社」など全国に24の大社があります。
 「宮」は歴代の天皇と昔からの慣習によるもの。「金刀比羅宮」「東照宮」など。
 「神社」は、私たちの身近にある神社で、その土地の人々の生活を見守ってくださっています。

8月下旬

氷の器で夏を楽しみましょう

 食欲も無くなってしまう夏の暑さ。そんな時は氷の器をつくって、涼しげな演出をしてみませんか。
1.風船を水道の蛇口にはめ、水を入れて口を止めます。座りが良いようにボウルに入れて冷凍庫へ。外側から凍るので、外側が適度に固まったら取り出し、風船を外します。氷の薄部分に穴を開け、水を抜いてもう一度冷凍庫で固めます。
2.ボウルに水を入れ、一回り小さなボウルに重しを入れて沈め、凍らせます。ラップを張って小さなボウルが動かないようにして冷凍庫に入れましょう。
 氷の器は、まるで料亭の雰囲気で夏の食事が楽しめます。

8月上旬

もう一度、丑の日

   8月6日は2度目の丑の日(1度目は7月25日)。コンビニでは丑の日セールが華々しく行われています。2月の節分での恵方巻きセールで成功したコンビニでは、立秋(8月7日)前の節分にも恵方巻きを売ろうとしているようです。この日、土用の丑の日と節分が同日になるので、ウナギにしようか恵方巻きにしようか、悩ましいところですね。
 絶滅危惧種になってしまった日本ウナギは、値段が高くてそうそう何回も手がでません。姿が似ているからと、アナゴまで高くなっているのはどういうわけでしょうね。

7月下旬

土用の丑の日

  7月25日は「土用」。土用は季節の変わり目にあり、年に4回あるわけですが、夏の土用のみが生活習慣の中に取り入れられています。
 土用の間に丑の日が2回ある場合があります。それは夏の土用に多い傾向で、一の丑、二の丑と言われます。
 夏の土用にウナギを食べることになったのは、平賀源内が発案したという説が有力。知り合いのウナギ屋の販売促進のために「本日丑の日」と書いて店頭に貼るように勧めたという説はあまりにも有名です。
 絶滅危惧種になってしまった日本ウナギ。すっかり値段が高くなり、丑の日が2回あるからといってウナギを食べるのは大変。
 もともと「う」のつく食材はなんでも良かったのですから、牛でも馬でもうどんでも、創意工夫で暑さを乗り切ってください。

7月上旬

浅草寺のほおづき市

 7月9日は浅草の浅草寺でほおづき市が行われます。
 浅草寺のほおづき市のほうが有名ですが、発祥は先月ご紹介した愛宕神社だと言われています。愛宕神社は浅草寺より一足早く、6月の23日、24日に行われます。
 6月の23日、24日は「一粒万倍日」。7月9日も「一粒万倍日」。1粒の種が芽を出し実を結ぶと万倍にもなるという縁起の良い日。この日、お参りすれば御利益も万倍というのですから、ほおづきを愛でる情緒と実利が得られる好日というわけですね。

6月下旬

ほおずき市

  夏の風物詩「ほおずき市」。浅草の浅草寺のほおずき市が有名ですが、なんでも愛宕神社が発祥とか。7月に行われる浅草寺のほおずき市に先駆けて、愛宕神社では6月23日・24日に行われます。
 この日、愛宕神社は「千日参り」。この日にお参りすれば1000日お参りした御利益があるというのですから、人々が押しかけます。人が集まれば市が立つのは商売の鉄則。この季節に色づくほおずきが売られるというのも風流ですね。
 けだるい夏に、真っ赤に燃えるほおずきは、なんだか元気を与えてくれるような気がします。そして、「鬼灯(ほおずき)」と漢字で書くのも邪気を祓ってくれそうな気がしますよね。

6月上旬

カビが生えるから黴雨(ばいう)

 6月11日は、暦の上では「入梅」。この季節の長雨を「梅雨(ばいう)」と言うのは、中国で黴(かび)の生える雨「黴雨(ばいう)」と書いたからです。黴の月ではいかにも情緒がないので、日本では「梅雨」と記すようになりました。この頃はまた梅の熟す季節なので、梅の字が当てられたという説もあります。
 「入梅」は雑節という暦の上での呼び名。本当の梅雨は気象庁が発表する「梅雨入り宣言」で、東京では7月21日頃といいますから、あの蒸し暑い梅雨まではまだ少し時間がありますね。

5月下旬

一粒万倍日

  暦を見ると「一粒万倍日(いちりゅうまんばいび)」という日があります。一粒の籾が稲穂になって米が実をつけると万倍にもなるという意味。何をはじめるにも良い日とされ、特に仕事をはじめる、開店をする、お金を出すことなどに良い日とされています。
 逆に、借金をしたり、人から物を借りたりすると苦労の種が万倍にもなるとか。
 5月後半の「一粒万倍日」は16日、17日、28日、29日。
 何かをはじめる予定のある方は、この日を選んでみたらいかがでしょうか?


5月上旬

夏も近づく八十八夜

 立春から数えて88日目。この日は雑節(ざっせつ)のひとつで、五節供や二十四節気が中国伝来の季節の節目であるのに対して、日本でつくられただけに、日本の風土にピッタリの季節感です。この日、春から夏への準備をする日とされていました。
 この頃になると、気候も安定し、霜も降りなくなるところから、茶摘み、苗代のもみ蒔きなど農作業をはじめる目安とされています。だいたい5月2日くらいで、今年も5月2日が八十八夜です。
 八十八夜に摘んだ新茶は、古来より不老長寿の縁起物として珍重されてきました。前年の秋から冬を越えて蓄えられた養分が満ちて、極上の味を持つのが新茶のメリットです。
 最初の新茶を摘むのが一番茶。その後、二番茶、三番茶と摘んでいきますが、一番茶はうま味の素であるテアニンをたくさん含んでいて、ふくよかな新茶のうま味が味わえます。

4月下旬

4月の誕生石はダイヤモンド

 誕生石は、18世紀にポーランドの宝石商が考案したということです。当初は宝石商によってさまざまでしたが、1912年にアメリカの宝石組合が統一し、それを基準にして若干の修正を加え、1958年に日本流誕生石が発表されたのだそうです。
 日本流に修正されたのは、例えば3月にはあくあまりんの他に桃の節供があるのでピンクを連想する珊瑚を、5月にはエメラルドの他に新緑を連想する翡翠を加えた、という具合です。
 4月の誕生石はダイヤモンド! 素敵ですね。
 国によって、宝石商によって、若干の違いがある誕生石ですが、4月がダイヤモンドであることは揺るぎないようです。
 私は3月の下旬生まれ。アクアマリンとかブラッドストーンとか珊瑚ですが、もうちょっと母のおなかに居て、4月に生まれたかったと思ってしまいます。

4月上旬

4月8日は花祭り

 お釈迦様は、紀元前463年頃、釈迦族の大様・浄飯王とその妃・摩耶夫人との間に生まれました。摩耶夫人がお産のために実家へ里帰りする途中、ルンビニーの花園で休んだ時に誕生したのだそうです。
 お釈迦様の誕生を祝う催しは「灌仏会(かんぶつえ)」と呼ばれます。灌は注ぐという意味。昔は五色の香水を、今は甘茶を注ぎかけるのでこの名がつきました。
 花祭りと呼ばれるのは、お寺の境内にさまざまな花で飾った花見堂という小さなお堂をつくり、水盤の上にお釈迦様の像を置き、灌仏会を祝ったことから名付けられました。花見堂を花で飾るのは、お釈迦様が誕生した場所、ルンビニーの花園にちなんでいると言われています。
 我が家にも、季節の花を飾って、春の訪れを寿ぎましょうか。

3月下旬

暑さ寒さも彼岸まで

 春分の日・秋分の日を中日とし、前後3日を合わせた7日間を彼岸と呼んでいます。今年の春の彼岸は、17日が彼岸の入り、春分の日である20日を中日とし、23日が彼岸明けです。
 極楽浄土(阿弥陀如来が治める浄土)は西の遙か彼方にあると考えられています。春分と秋分は、太陽が真東から昇り、真西に沈むので、遙か彼方の極楽浄土に思いを馳せたのが彼岸の始まりだと言われています。
 中日には先祖に感謝し、他の6日は悟りの境地に達するために必要な6つの徳目「六波羅蜜」を1日に1つずつ修める日とされているそうです。
 敬虔な仏教とでない私たちに出来ることは、仏壇やお墓の掃除をし、ぼた餅を食べながら先祖に感謝するくらいでしょうか。
 日蓮さんは「彼岸の時期は善行・悪行ともに過大な果報を生ずる特別な期間であるから、悪事を止め、善事に精進するように」と勧めています。この期間、意識して良いことをしてみるというのもいいかもしれませんね。

3月上旬

春、本番はちょっと先

 2月17日、関東地方には春一番が吹きました。
 春一番とは、立春から春分までの間に吹く風。10分間の平均が風速8メートル以上の風が吹き、気温が上昇することを指します。
 「春一番」という名称はまさに春の到来を感じさせる言葉と思いがちですが、実は、防災用語。安政6年、強風によって船が転覆し、53人の犠牲者を出して以来、「春一番」と称するようになったそうです。また、春一番の翌日は冬型の気圧配置になるので油断はできません。
 春分までに複数回の南風が吹く場合、春二番、春三番と呼ばれることもあります。でも、気象庁では「春二番が吹いた」「春三番が吹いた」と発表することはありません。南からの強風が吹いて、寒暖を繰り返しながら「暑さ寒さも彼岸まで」と季節は移りゆきます。

2月下旬

雪から雨に代わる「雨水」

  2月18日は「雨水」。空から降る雪が雨に代わり、氷が溶けて水になるという意味。南から吹く暖かい風、「春一番」が吹くのもこの頃とされています。
 でもまだ油断はできません。東京など太平洋側では、3月に大雪が降ったりもします。
 寒い寒いと3日寒い日が続いても、四日目には暖かい日が巡り、三寒四温を繰り返しながら、春に向かっていきます。
 そしてこの頃、雛を飾ると良縁に恵まれるとも言われています。お雛様は、早く飾って春の訪れを待ち、早く仕舞うのが良さそうですね。
 如月(着更)と言われる寒さが厳しい2月ですが、春の気配はもうそこまでやってきています。あと一息。

2月上旬

やっと春になりますよ!

 寒い、寒い、冬でしたね。日本海側では大雪が続き、不自由な生活を強いられました。
 でも、2月4日は立春。やっと春になります。
 と言っても、2月は如月(きさらぎ)。「着更着」とも書いて寒さがいっそう厳しくなるので着物を更に着重ねる。あるいは、気候が気になる季節なので「気更来」「息更来」。木の芽が芽吹いてくる季節なので「生更気」とも言われます。
 それでも、陽はますます長くなり、春の期待に胸がふくらみます。
 もうすこし、寒さ対策を心がけて、風邪など引かぬよう、健康に過ごしてください!

1月下旬

「寒」がおいしくする食べ物たち

 1月5日の寒の入りから(小寒)、20日の大寒、そして2月4日の立春前までが「寒」。1年中で一番、寒い季節です。
 「寒」とは寒いという意味だけでなく、「さびしい」「まずしい」「いやしい」などという意味もあって、ゾッとしませんが、寒ならではの楽しみもあります。
 寒ブリ、寒サバ、寒ヒラメ……「寒」はおいしい接頭語に使われます。それは、春から夏にかけての産卵に備えて栄養分を蓄えるために脂が乗っておいしくなるから。
 野菜にも寒でおいしくする方法があるのだそうです。ビニールハウスで育てているホウレンソウや小松菜など青菜を、外の気温が5度を下回るころからハウスを開放して寒さにさらします。すると、糖度が上がってうまみ成分のアミノ酸やビタミンCが増加します。これは「寒じめ野菜」と呼ばれ、寒い時期にしか味わえないおいしさです。

1月上旬

三が日はお掃除をしない

 我が家にお出でいただいた神様に煩わしい思いをかけないよう、三が日はお掃除をしないのが慣わし。
 以前、東北地方の出身の家に嫁いだ友人がいました。お正月はみんなこたつでごろごろ寝ていて、お掃除をしないと驚いていました。
 それは「ニオを積む」と言って、家族がごろ寝をする姿がまるで稲を積み上げておくように見えるところからこんな名前がついたのでしょう。
 掃除は福を掃き出すから三が日はお掃除をしないという風習。どうしてもしなければならない場合は、ゴミを屋外に掃き出さず、ちりとりに取って土間の隅に置き、四日の朝にちり箱に収めます。
 鶴岡市では三が日のうちにお掃除をするとき、次のような歌を唄ったそうです。
福を掃く
宝を掃く
万の宝を掃いて集める

12月下旬

嬉しいクリスマス連休

 イエスキリストの誕生を祝うクリスマスですが、それを一大イベントにまでつくりあげたのは、イベントが大好きなアメリカでした。例えばハローウインもそうですが、アメリカ文化の影響が強い日本も祭り好き。戦後になってから盛大にクリスマスを祝うようになり、今やクリスマスは最大の全国統一大祭りと言ってもいいほどになりました。
 さて、今年のクリスマス。
 23日は天皇誕生日で休日、24日は土曜日、25日は日曜日。日にちの並びが良く、3連休です!
 消費の低迷が叫ばれていますが、祭り好きの日本のなのですから、ぜひ盛り上がりを見せて欲しいものです。

12月上旬

本格的に雪が降り始めます

  12月7日は大雪(たいせつ)。11月22日の小雪から数えて15日目。小雪の頃は雪といってもそれほど多くは降りませんが、それから半月も経つと大雪が降り始めるというので大雪と名付けたのでしょう。山岳だけでなく、平野にも雪が降る季節なので、本格的な雪対策が必要になりますね。
 毎年、雪害が報告されています。
 「滑って転んで寝たきり」になったり、屋根から落ちてきた雪に埋もれたり、雪下ろしで転落したりしないよう、気をつけましょう!

11月下旬

今年は二の酉まで

 12日に1回巡ってくる酉の日。今年は11月11日と23日ですから、二の酉まで。
 酉の市で賑わう浅草の鷲神社(おおとりじんじゃ)で行われる酉の市。商売繁盛、開運招福を願う祭りです。
 「三の酉まである年は火事が多い」と言われていますね。天変地異を知らせる酉(鶏)が三回も登場するのだから、江戸の華である火事が起きるとか。三の酉の日くらいになると寒さも厳しく、火を使うことが多くなるからとか。諸説がありますが、統計的には三の酉まである年に火事が多いという記録はありません。
 もう一つの説は、鷲神社の近くには吉原があり、酉の市を口実に3回も吉原に出かけられては困るので「火事が多いと言われているので、心配だから家に居てください」と女房殿が言いやすいからというのが有力な説ですが……。

11月上旬

女性の仕事は文化ではない?

 11月3日は文化の日。戦前は明治天皇がお生まれになった日を記念して「明治節」と呼ばれていましたが、1946年に日本国憲法が公布された日を記念して「自由と平和を愛し、文化をすすめる日」として文化の日と制定されました。
 もう30年も前のことですが、元東洋大学教授の大島建彦先生との共著で『掃除の民俗』(三弥井書店)という本を著したことがあります。全国47都道府県の民俗学者にアンケートをお願いし、寄せられた内容をまとめたものです。
 ところが、お掃除に関する資料はほとんど見あたりませんでした。学問が男性中心に進められてきたから、女性に任されていた住まいの清掃は見落とされたのでしょうか。同じお掃除でも男性が中心になって行った煤払いや井戸さらえについては記録が残っていることも興味深いことでした。


10月下旬

照明器具はきれいですか?

 夏の間に飛んで来た虫たち。虫は走光性(光に向かって走る性癖)があるので、照明器具のカバーに虫たちの死骸が入っていることがあります。そして、汚れていると明るさが20%も落ちると言われていますので、夏の後始末として照明器具を掃除しましょう。
①電源を必ず切る。
②点灯していた照明器具は温度が高くなっているので冷めてから。
③感電する恐れがあるので、必ず乾いた手で取り扱う。
④外して洗ったものを装着する時は、必ず乾いてから。
 カバーを外し、プラスチックなら水洗い(証明器具カバーは水洗いできる素材を選びましょう)。
 蛍光灯や電球も外して硬く絞った雑巾で拭き取ります。
 汚れがひどい場合は、住居用洗剤溶液で硬く絞ったぞうきんで。後は水拭きして洗剤分を残さないようにしましょう。

10月上旬

天高く人も肥ゆる秋

 澄み切った秋の空。本当に天が高く感じられます。そして、実りの秋。新米を始め、芋や栗、カボチャなどカロリーの高い食べ物が出そろい、馬よりも人間が肥ゆる秋ですね。実りの秋は、厳しい冬を乗り切るために皮下脂肪を蓄えてやろうという神様の思し召しだと思っています。
 でも現代では冬でも快適空間が与えられていますので、単に肥満になるだけの恵みとなってしまいました。
 そこで運動。運動は、1回30分以上を週に2回以上、1年中続けることが大切。それはアンチエイジングにも通じます。
 でも肥満防止は摂取カロリーを控えることが早道。なんたって、グリコ1粒のカロリーを消費するためには300メートル走らなければいけないのですから。

9月下旬

結核予防週間

 かつて、結核は死に至る病として恐れられていました。結核に悩まされていた文学者も多く、逆に「結核にならなければ文学者にあらず」という雰囲気もあり、結核を装っていた文学者もいたくらいでした。
 実は、私も肺結核を煩った1人です。ストレプトマイシンの注射、パス、ヒドラの3つを併用して闘病生活をしていました。私の場合は1年半くらいの入院で済んだものの、結核病棟には重い患者もたくさんいました。
 その国民病が下火になったと思ったら、最近はまた増えているのだそうです。なんでも薬に対する耐性の菌が増えていること、住所不定者や外国人の感染、ネットカフェやカラオケボックスでの感染など、現代特有の新たな課題があるのだそうです。
 9月24日から30日までは「結核予防週間」です。これを機会に、結核に対する意識を高め、微熱や空咳が続いたら早期に診断を受けることも必要ですね。

9月上旬

夜が長く感じられる「長月」

  旧暦の9月1日といえば、新暦では10月1日。東京では、日の出が5時35分、日の入りが17時25分です。すいぶん日が短くなったと感じますね。日が短くなれば、夜は長くなります。そこで昔の人は9月を「夜長月」、つまり夜が長い月と呼んだのでしょう。
 8月後半から10月前半にかけて秋雨前線が日本を覆い長雨が続くことから「長雨月」が語源という説、また稲を刈る時期に当たるため「稲刈り月」「穂長月」が語源という説などがあります。
 稲は丈が長く伸びる植物なので、「長」は稲が実ることを祝った言葉ともいわれ、稲の実るこの時期、長いという言葉を使ったのでしょうね。

8月下旬

秋の日はつるべ落とし

 だんだん日が短くなってきましたね。6月には7時頃に日が沈んだのに、8月ともなると6時20分頃に日没を迎えてしまいます。しかも、9月になると5時30分頃、10月には5時前に日が沈んでしまいます。
 1ヶ月に30分くらいずつ日が短くなる秋。昔の人は「秋の日はつるべおとし」と言っていました。
 つるべ? つるべと言っても若い人には通じないかもしれませんね。井戸から水を汲む「釣瓶(つるべ)」、つまり桶。水を汲み上げる時にはゆっくりたぐり上げるのですが、落とす時には一気に落とします。その様子を、急激に暮れていく秋の日になぞらえたのでした。

8月上旬

今年から「山の日」が始まりますよ

 8月11日は「山の日」。国民の祝日です。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」日。2016年1月1日に施行されたので、今年が初めての山の日です。
 海の日があるのだから山の日があっても良い? 国民の祝日は多いほうが良い? などの理由で、日本山岳会の推す山の日が制定されたようですが、なぜ8月11日なのかは不明。登山シーズンであること、8月には祝日がないこと、などが理由としてあげられているようです。山には木が生えているので11を木に見立てようという説があるようですが、こじつけっぽいですよね。
 ちなみに海の日は、明治天皇が東北巡幸の際、軍艦ではなく巡視船「明治丸」に乗って横浜港に帰られた日という理由があります。

7月下旬

ふみの日

  7月は「文月(ふづき)」。七夕の節供があり、星に願いを書くのも文、七夕は文字の上達を願う祭りでもあったためにこの名がつけられたという説が有力です。
 7月23日は、1979年に郵政省が制定した「ふみの日」。七夕の節供にちなむ7月、そして2(ふ)3(み)と後呂合わせでこの日に決めたのでしょう(本当に語呂合わせが好きな民族ですね)。
 その頃は、例えば年賀状の発行枚数もまだまだ上り坂にあった時期。「手紙に親しみましょう」という日を制定したのは先見の明というものでしょう。しかも、パソコンの普及で肉筆文字を書く機会がが激減してしまった現代こそ、「ふみの日」の意義が見直されてもいいかもしれませんね。

7月上旬

厄災を風にながす七夕人形

 我が山梨県の隣、長野県松本市。高速道路を使えば1時間ほどで行ける場所です。5つの国宝の城の1つ「松本城」があり、北アルプスを遠望する自然と歴史と文化の町。
 そこに江戸時代から伝わるのが「七夕人形」という風雅な伝統です。七夕には、紙や木の人形に着物を着せ軒下に吊します。織り姫彦星にあやかって男女一対でつくられますが、商店などでは何組も吊されていて美事。
 一説によると、海のない松本では、人形に厄を託し、風で厄を流すという意味もあったようです。
 7月7日が七夕の節供ですが、松本では8月6・7日に行われます。

6月下旬

夏に至る夏至の日

 もう、夏至がやってきます。夏至とは夏に至る日。太陽が北回帰線に至る日、もっとも日の出が早い日、最も日の入りが遅い日だと教わりました。でも、ちょっと違うようです。日本で日の出時刻が最も早い日は夏至の1週間ほど前であり、日の入りが最も遅い日は夏至の1週間後だそうです。
 今年の夏至は21日。この頃は梅雨なので日の長さは実感できませんね。本格的な夏の暑さは、なんと立秋(8月7日)頃ですから、暦と実感はちょっとずれています。
 さらに暑さが厳しくなるこの季節、冷たい物の飲み過ぎに気をつけて、水分は少しずつ頻繁に補給しましょう。

6月上旬

歯と口の健康週間

6(む)4(し)にちなんで

 6月4日は、その語呂合わせから「虫歯予防デー」と言われていました。1958年からは「歯の生成週間」、そして2013年からは「歯と口の健康週間」と呼ばれるようになりました。
 歯は健康の要。歯が丈夫なら良く咀嚼できるので胃での消化も良くなり、腸での吸収も良くなります。食物の消化・吸収が良くなれば栄養も行き届くというわけです。
 漢方講座でよく噛むことの必要性を「卑弥呼の歯が良い」と覚えるように教わりました。「ひ」肥満防止、「み」味覚の発達、「こ」言葉の発達、「の」脳の発達、「は」歯(口内)の環境改善、「が」ガンの予防、「い」胃腸の保護…… 。
 「8020運動」と称して80歳で20本の歯を残そうという運動があります。
 1999年の調査では、80歳の残存歯数8本。20本以上残っている人は15%。2005年の残存数は10本、20本以上は21.1%だったそうです。だんだん改善はしているようですが、諸外国に比べてまだまだ不十分だとも言われています。

5月下旬

いずれアヤメかカキツバタ

  我が住む町・南アルプス市小笠原は、合併前は櫛形町と呼ばれていました。まさに櫛の形をした櫛形山の麓にあるからです。櫛形山にはアヤメ平と呼ばれる場所があり、それはそれは美しいアヤメが群生していました(今は鹿害で惨めな姿になっているそうですが)。かつては町のシンボルマークに使われ、今でも5月の中旬になるとアヤメ祭りが開催されます。
 いずれアヤメかカキツバタ……どちらも優れている、どちらの女性も美しいという意味ですが、その見分け方が分かりますか?
 アヤメは花弁の根元に網目状の模様があり、綾のような目があるからアヤメ。乾燥地で咲きます。カキツバタは花弁の元に白い目のような模様。水辺などの湿地帯に咲いています。
 おまけに花菖蒲という似た花があり、それには花弁の根元に黄色い目のような模様があるとか。こちらは乾燥地でも湿地でも咲くのだそうです。
 町のアチコチにアヤメもカキツバタも菖蒲も、一斉に花開いています。立ち止まって花弁を覗いて見るのですが、結局、私には見分けがつきません。

5月上旬

柏餅の裏表

江戸時代の文献に見られます

 お菓子屋さんの店先に並んだ柏餅。柏の葉が表になっているものと、裏になっているものがありますね。表は漉し餡、裏は味噌餡。これは江戸時代の文献に載っているそうです。でも、江戸時代から続いている識別方法であることはお菓子屋さんでも知らない人が多いとか。
 世界遺産にも登録された日本の食文化。文化が花開いた江戸時代からの知恵が連綿と積み重ねられ、世界に誇る食文化になったのですね。

4月下旬

旬とは、たった10日間の味覚

旬の素材

 バス停が近づくと、「○○にはこちらが便利です」と、その周辺のクリニックや飲食店を紹介するアナウンスが流れます。私の通う路線のあるバス停では料理屋さんのアナウンスが流れています。「その季節最もできばえの良い味を“旬”と言います」と。遠からずといえども当たらずですが……。
 上旬、中旬、下旬って言いますよね。つまり、旬とは10日のこと。旬の素材とは、その時期、たった10日間しか味わえない美味しさということなのです。例えば、筍は草冠に旬と書きますよね。まさに10日ほどしか味わえない旬の代表ということを字が表しています。
 1年中、なんでも食べられる時代になっていますが、できれば季節に合わせた旬の素材で料理を楽しみたいものですね。

4月上旬

4月8日はお釈迦様が誕生した日

花祭りの起源

068.JPG お釈迦様のお母上、摩耶夫人はお産のために実家に里帰りをしました。ところがその途中、ルンビニーの花園で休んだ時にお釈迦様が誕生したのだそうです。
 お釈迦様の誕生を祝う催しは、インドから中国を経由して日本に伝わってきました。奈良時代のこと。以後、恒例の宮中行事となりました。
 花祭りと呼ばれるのは、ルンビニーの花園を再現しようとしたから。お寺の境内にさまざまな花で飾った花見堂という小さなお堂を造り、水盤の上にお釈迦様の像を置き、甘茶をかけて祝いました。
 甘茶は、甘茶蔓というウリ科の蔓草。葉に甘味があるので、この名が付けられました。これにはストレス解消、胃潰瘍、ぜんそく、そして女性の髪を黒くする効果があると言われています。


3月下旬

ぼた餅とおはぎ

春のお彼岸にはぼた餅

 新聞や雑誌の情報では、ぼた餅もおはぎも同じだと表現していることが多いですね。
 でも、春はぼた餅で秋はおはぎというのが正解。
 お餅を丸めてこし餡をつけてしばらく置くと、お餅が落ち着くと共にこし餡にヒビが入ります。その様子が牡丹の花のように見えるのでぼた餅。
 糯米を丸めてつぶ餡をつけると、小豆のブツブツが萩の花のように見えるのでおはぎ。
 つまり、春のお彼岸にはお餅とこし餡のぼた餅を供え、秋のお彼岸にはつぶ餡のおはぎを供えるというのが私の意見ですが、みなさんはどう思いますか?

3月上旬

桃の節句にハマグリを添える訳

幸せな結婚を願って

 ハマグリは、不思議なことに他の貝とではピッタリ合いません。そこで、ピッタリの相性の相手と結婚できるようにと、生涯、幸せに添い遂げられるようにという願いがハマグリに込められています。昔は、職業を持たない女性は結婚が幸せの象徴だったわけです。女性活用社会の現在では結婚だけが女性の幸せとは限らなくなりましたが。
 『今昔物語』に出てくる芋がゆとは、里芋のこと。ハマグリと里芋が日本の味覚の原点と言われています。
 ところがそのハマグリ、絶滅危惧種になってしまいました。海岸が整備され、ハマグリが生息する条件が少なくなってしまったからですが、残念なことですね。

2月下旬

にがつはにげる

1月2月3月はあっという間

 寒い、寒いと言っていても、日差しは少しずつではありますが、確実に伸びています。
 早いもので、お屠蘇気分のうちに、もう2月も半ば。昔の人は「1月は居ぬ、2月は逃げる、3月は去る」と言っていました。特に、行事の続いた1月、ホッと一息ついたと思ったら、春の支度をしなければならない時期になり、月日の経つのは早いものだと感じます。
 私の場合は、畑の手入れをしなければなりません。今のうちに、寒さに耐えてはびこりつつある雑草取りをして、耕耘機で土を掘り起こし、畝をつくっておかなければなりません。いただいたボカシがたくさんあるので、畝にボカシを入れ、土をかぶせて苗を植える場所を確保。
 3月になれば野菜の苗が出始めます。毎年、いっぺんに買って来て植えたのですが、そうするといっぺんに収穫になります。近所に差し上げるにも独居世帯が多いのでほんの少ししか消化できません。
 今年は、時期をずらして植えて、適量が収穫できるようにしたいと思っています。

2月上旬

季節の隙間に邪気が入り込む

節分は年の変わり目です

  節分を「年取り」「年越し」と呼ぶ地方も残っています。季節の変わり目は季節と季節の隙間であり、邪気や悪霊が忍び込みやすく、災いが生じやすいと考えられていました。季節の循環を滞りなく越えることが自然と暮らす人々には最大の関心事だったのです。
 節分行事の代表は豆まきです。豆は五穀豊穣の五穀(米、麦、粟、黍、豆)に数えられていて、重要な食料でした。
 節分に豆を蒔くのは五穀の霊力を信じていたからですが「穀粒は神様の目」という思想があり、豆を採用したのは神様の大きな目でしっかりと鬼を見据え邪気を退治しようとしたのでしょう。米よりも豆のほうが目としての迫力もあり、鬼退治の後で一粒残さずに拾うことを考えると、他の五穀よりも豆のほうが便利だったのでしょうね。

1月下旬

二十日正月

この日でお正月は終わり

 二十日正月、この日をもってお正月の神祭りの終わりの日とされています。祝い納めとして仕事を休む「物忌みの日」ともされています。
 この日は「骨正月」とも呼ばれ、元旦から毎日食べていた魚が食べ尽くされて骨だけになることからこの名がついたとか。
 また、京阪神地方では正月に食べた鰤の骨を二十日間酒粕の中に入れ、牛蒡や大根と煮て食べることから「骨正月」と言われたという説もあります。
 現代ではすっかりお正月気分は冷めてしまっているこの時期ですが、昔のお正月は数々の行事で彩られ、1年の幸を祈っていたのですね。

1月上旬

神様を迎えてゆったり過ごす三が日

お掃除もお料理もお休み

  神様をお迎えする新年には、台所を騒がせないようにしかければなりません。そして、普段は忙しい女性を三が日くらいは休ませてあげようという優しい風習がおせち料理に結集しています。
おせち料理を詰めるお重は、本来は五段重でしたが、近年は省略されて三段重が主流。四段重が正式とされる場合がありますが、それは五段重の控えの重を省略した形です。五段重に控えのカラの重を添えるのは、今が最高ではなく、将来はますます繁栄して富が増えますようにという願いを表しています。また、重箱に詰めるのはめでたさを重ねるという意味もあります。
一の重には三肴(みつさかな)と口取り。関東では黒豆、数の子、五万米(ごまめ)。関西では五万米の代わりにたたきゴボウが入ります。
二の重には焼き物。三の重には酢の物。四は縁起を担いで与と表現し、煮物。
といっても、同じ物を食べるのを嫌う家族や、温かい部屋で傷みやすい環境、一歩出れば作りたての料理が食べられるインフラなどが相まって、おせち料理をつくる家も少なくなってしまいました。それでも、知識として知っていれば、ちょっと心が豊かになりますね。

12月下旬

年越し蕎麦で健康に

苦境に強い蕎麦の力にあやかって

 東は蕎麦文化、西はうどん文化、と言われます。西日本に比べて寒い東日本、そして不毛の地でも育つ、蕎麦は強い作物です。風で倒れてもすぐ起き上がる性質もたくましさを感じさせます。現代栄養学的にみても、タンパク質、ビタミン、ミネラル、必須アミノ酸を豊富に含み、健康食品として注目されています。
 年越しに蕎麦を食べるようになったのは、江戸時代の商家は月末はとても忙しく、毎月の晦日には出前を取って奉公人に食べさせていたという名残が年越し蕎麦の起源。安いし、食べるのも短時間で済むというメリットがありました。
 蕎麦は切れやすいので、一年の嫌なことは切り捨てたいと願った。金細工師が飛び散った金を集めるのにそば粉を使ったので、「金(かね)を集める縁起物だ。など、諸説があります。

12月上旬

正月事始め

お正月の準備は13日から始める

 正月事始めとは、お正月の準備を始めること。旧暦の12月13日を事始めとして、門松やお雑煮用の薪などを山に取りに行く日とされていました。
 現在でも13日を事始めとして京都祇園ではお師匠さんを訪問して「おめでとうございます」と挨拶をする習慣が残っています。
 江戸中期まで使われていた「宣明歴」では、13日は二十七宿は「鬼」となっていて、この日は婚礼以外はすべて吉とされていたので、お正月の準備を始めたのでした。
 ちなみに、お正月の後始末を終えるのは2月の8日とされ、事納めと呼ばれています。

11月下旬

三の酉がある年は火事が多い?

5日、17日、29日はお酉さま

子、丑、寅……十二支の日は12日おきに巡ってきます。ひと月は30日なので、11月の酉の日は2回の年と3回の年があります。今年は、一の酉が5日、二の酉が17日、三の酉が29日。三の酉まである年は火事が多いという言い伝えがあります。そのため、三の酉がある年は熊手に「火の用心」のシールを貼って売っています。
 なんでこんな言い伝えがあるのでしょうか。それは、酉の市で最も有名な浅草の鷲神社(おおとりじんじゃ)の近くには吉原があり、男衆が家を空けて遊びに行くのを防ぐために女房が「火事が多いので家に居てくれ」と言ったという説もあります。

11月上旬

北国から初雪の知らせ

11月8日は立冬

 冬至を基点として、太陽の運行を元に古代中国で作られた二十四節季。1年を24に分けた季節の節目です。中国の気候を元にしていますから、現代の日本の季節感とは多少ずれがあります。
 立冬は北国からは雪の知らせ(今年は、北海道では早々と雪が降りましたが)があるものの、本格的な寒さはもっと先です。
 二十四節季によると、冬は、立冬(りっとう)、小雪(しょうせつ)、大雪(たいせつ)、冬至(とうじ)、小寒(しょうかん)、大寒(だいかん)の4つに分けられています。
立冬=本格的な寒さはもっと先。
小雪=初雪が舞い、冷え込みが次第に厳しくなります。
大雪=山々は深い雪が積もり、池や川に氷が張る季節。
冬至=太陽が南回帰線に至り、1年の始まりとも考えられていました。
小寒=この日から節分までが寒。寒さはこれからが本番です。
大寒=1年で一番寒い季節。でも、春はもうすぐです。

10月下旬

すっかり定着したハロウィン

どうしてカボチャになったのか?

  9月ともなると、ハロウィンの飾り物が出回り、日本にもこの祭りがすっかり定着しましたね。祭り好きの日本人は、旺盛に世界のイベントを取り入れているように感じられます。
 ハロウィンは、カトリックの成人の日の前夜祭。Hallow’s=聖人のeen=even (イブ・前夜)だからハロウィンと呼ばれるようになりました。
 この日は死者の霊や魔女が出てくると信じられ、身を守るために仮面をかぶり、魔女除けの日を炊いて家中に巡らしました。お墓にお参りする地域もあり、いわば日本のお盆のようなもの。
 ヨーロッパでは大きな蕪をくりぬいて目鼻をつけ、内部にろうそくを灯します。アメリカに向かった移民達は、合理的に刻みやすいカボチャを使いました。クリスマスと同様、アメリカから伝来した日本ではカボチャが主流になりました。

10月上旬

甲州勝沼ぶどうまつり

10月3日、雨天決行!

  山梨県甲州市勝沼、勝沼中央公園広場で「ぶどうまつり」が開かれます。
 各醸造元が展開するワイン無料サービス、2000キロの甲州ぶどうを大放出しての無料サービスという大盤振る舞い。
 もちろん、ステージあり、ぶどう早食い競争やぶどうの皮飛ばし大会など参加イベントも多彩。飲食ブースも出店します。
 勝沼とは、全国に知られたぶどうとワインの産地。この10年来の生産者の努力によって、特に甲州種を遣った白ワインが美味しくなりました。私は友人の醸造元から定期的に購入して、お土産に使っています。ぜひ、お試しあれ。

9月下旬

敬老の日は9月の第三月曜日

今年は5連休!

 日本には長寿を祝う「重陽の節供(9月9日)」という古典的な習慣があったのに、なぜか「敬老の日」は9月の第三月曜日。
 それは、昭和の初期、兵庫県のとある村の村長さんと助役さんが提唱した「としよりの日」が始まりと言われています。農作業も一段落し、気候も良い9月の15日に敬老会を開いていたのが起源とか。
 それが2003年のハッピーマンデー制度によって第三月曜日となりました。
 日本の伝統を守りたい身としては、9月9日の重陽の節供を敬老の日にして欲しいと考えていますが。
 でも、今年は19日(土)、20日(日)、21日(敬老の日)、22日(国民の休日)、23日(秋分の日)と、5連休であるのはちょっと嬉しいですね(第三月曜日にしたのは、その可能性を狙っていたのかな?)。

9月上旬

長寿を願う重陽の節供

めでたさも極まる日

陰陽道では、奇数は陽、偶数は陰。陽の数字が重なる日は、特別な日、神様と共に食事を供する節目“節供”として祝ってきました。1月1日は元旦、3月3日は上巳(じょうし)の節句(ひな祭り)、5月5日は端午の節句、7月7日は七夕の節供、9月9日は重陽の節供。中でも最も大きな数字である9はめでたさも極まる日として万民が願う不老長寿を願う節供になりました。
 平安時代や江戸時代には盛大に祝いましたが、近年はすっかり忘れられた重陽の節供。ま、21日に「敬老の日」があるので、その思想は受け継がれているわけですが。
 節供に使うお箸は、両方が細く削られています。片方は私たちが、もう片方は神様が召し上がるという意味です。

8月下旬

やっと朝晩は涼しい風が

8月23日は処暑

  日中は暑い日が続きますが、朝晩はかすかに秋の気配がする頃。
 「秋来ぬと 目にはさやかに みえねども 風の音にぞ 驚かれぬる」(秋が来てしまったと目にはハッキリ見えないけれど、風の音に秋風を感じて驚きます)
 まさにこの時期の季節感を読んだ、藤原敏行の歌。古今和歌集に載っています。
 この季節が過ぎると、いよいよ台風シーズン(今年は7月から台風シーズンでしたが)。二百十日、二百二十日など、台風の特異日がやってきます。立春から数えて210日目(9月1日頃)、220日(9月10日頃)が最も台風が多い時期と昔の統計学が示しています。
 でも今は「にひゃくとおか」などという言葉は使わなくなってしまいましたね。台風をはじめ、通年、風水害が多くなってしまいましたから。

8月上旬

もう秋がやってきます

8月8日は立秋

 「まだまだ暑さは続きますが、暦の上ではもう秋」というのは、立秋を迎えた日の常套句。さように、一番、暑い頃なのです。
 街を歩いていて気づきました。コンビニエンスで「恵方巻」の予約を受け付けているのです。
 恵方巻とは、節分(季節を分ける節目)に食べる西方の習慣。2月の節分の恵方巻は、コンビニエンスの宣伝によって全国に定着しました。その成功に気を良くして、それなら8月の節分にもと、商魂をたくましくしたのでしょう。
 とかくお祭り好きの日本人。節分をきっかけに経済活動をするのもいいかもしれません。
 ところで、11月8日の立冬にも恵方巻を売り出すのでしょうか?

7月下旬

7月はお中元の季節

上元、中元、下元

 古代中国の道教では、上元、中元、下元の日に天神様をお祭りしたそうです。
 上元とは1月15日、中元とは7月15日、下元とは10月15日。このうちの中元だけが日本に伝わり、盆と融合し、仏に供えるお供物を親戚縁者に贈る習慣が定着しました。
 近年では盆とは切り離し、7月初めから15日までに贈り物をするのが「お中元」です(本来は旧暦なので西日本では8月初めから15日まで)。
 さらに、現代では中元の時節に関係なく、地方の産物の旬を機会に贈るのも良いですね。私は葡萄生産高日本一の山梨住まいなので、ちょっと時期は遅れますが8月になって一番美味しい葡萄が実った時期に贈っています。

7月上旬

古来から願いを託した星祭り

空を仰いだ恋人達

 中国から伝わった星祭り。奈良時代には宮中の節会として取り入れられ、『万葉集』『源氏物語』『太平記』などに盛んに登場しています。
 特に『万葉集』では130首にのぼる歌が収録されています。
「あきかぜの 吹きにし日より いつしかと 我(あ)が待ち恋ひし 君ぞ来(き)ませる」山上憶良の歌。秋風が吹いた日から、いつかいつかと待ち焦がれていたあなたがやってきました。牽牛と織女に託して詠んだ恋歌。7月は旧暦では秋になるので、“秋風”なのです。
 中古の人々は、なんとおおらかに恋の歌を詠んだことでしょうか。七夕は男女の恋路を祝う節会。私たちも、七夕の日くらいはそらを仰いで心をときめかせてみてはいかが?

6月下旬

天上には水が無くなる水無月

地上には水の恵み

●地上に雨を降らせ天には水が無くなる
 つれづれの ながめにまさる涙河 袖のみひぢて 逢ふよしもなし
 在原業平をモデルにした「伊勢物語」の中の歌。あなたを思って梅雨の長雨よりたくさんの涙を流しています。袖ばかりが濡れて、あなたに逢うこともできませんと歌いました。
 雨が降って水がいっぱいなのに水が無い月とはどういうことでしょうか。それは、天上の水が雨となってみんな地上に降り、天上では水が無くなってしまう月という意味です。
 一方、10月を「神無月」と呼びます。それも同様、天上の神様が出雲にお出かけになって、天には神様が居無くなってしまう月という意味です。
 天を想像して月名を付ける日本人の感性もステキですね。

6月上旬

黴びの生える月、黴雨

梅雨は日本的呼び名

●梅が熟す月
 湿気と温度が高くなる月、中国では黴(かび)の生える雨が多い月という意味で黴雨(ばいう)と表現しました。
 でも、黴びの雨とはいかにも情緒がありません。この頃、梅の熟す月でもあるので、日本では梅の字を当てたというのが有力な説です。
 日本で「つゆ」と呼ばれたのは、梅の実が熟して潰える(ついえる)季節なので、「ついゆ」→「つゆ」と呼んだという説があります。
 この時期、気温が高くなり、湿気が多いので、健康や食べ物、そして湿気対策に注意して、健康にお過ごしください。

5月下旬

五月晴れは梅雨の間の晴れ間

五月雨を集めて早し……

●旧暦五月は梅雨の季節
 現代は「五月晴れ」というと人間にとって温度も湿度も快適な五月の晴天を指しますね。ところが、この言葉ができた旧暦は現在の暦より約1ヶ月遅いので、6月頃ということになります。
 「五月雨を 集めて 早し 最上川」
 松尾芭蕉が詠んだこの句は、梅雨の雨を集めて流れが速くなった最上川の様子。同じく「五月晴れ」は、梅雨の晴れ間のこと。うっとうしい長雨の間に、一瞬の晴天をもたらす五月晴れを、昔の人々はどんなにか待ち望んだことでしょうか。
 一方、「五月病」は現代社会の現象。胸をふくらませて入社してから1ヶ月、緊張がゆるんで心が病んでしまうこと。五月雨は「さみだれ」、五月晴れは「さつきばれ」と大和言葉で読みますが、五月病は「ごがつびょう」と音読みであることが時代を感じさせます。

5月上旬

5月の一番始めの午の日

昭端午の節句は午の日だった?

●中国伝来の節供が日本に定着
 端ははじっこ。午は午の日。中国から伝来した時、端午の節供は5月の最初の午の日でした。そこで、毎年、日にちが変わっていました。
 それでは面倒だ、ということになり、次第に5月5日に定着してゆきます。奇数の5が並ぶのは重五(ちょうご)といって縁起が良いとされたことも手伝いました。奇数は陽の数字と考えられていたので、重なればことさらめでたいというわけです。
 3月3日、5月5日、7月7日、9月9日とお正月の5つを、江戸幕府は「五節供」といって重要な節目として祝いました。
 「枕の草子」には、中国に倣って菖蒲や蓬を御殿に葺き回したことが書かれています。武家社会になると、菖蒲は「勝負」や「尚武」に通じるとされ、男の子の祭りとして定着したもののようです。

4月下旬

昭和の日

昭和天皇の誕生日は4月29日

●みどりの日から昭和の日へ
 平成元年から、昭和天皇の誕生日は「みどりの日」となりました。自然を愛された昭和天皇を忍んで付けられた名前です。
 しかし、国民の要請を受けて、平成17年に国会で「国民の祝日に関する法律」が改正され、平成19年から「昭和の日」になりました。
 では、みどりの日はどうなったのでしょう。それは5月の4日に移動して国民の休日となりました。今年のゴールデンウイークは5日連続のお休みですよ。
 天皇誕生日にちなんだ祝日はもう一つ、文化の日。11月3日は明治天皇の誕生日で、昭和23年までは明治節と呼ばれていました。

4月上旬

清々しく明るい日差し

百花が咲き乱れる季節

●寒い冬でしたね
 北日本では、毎日、豪雪の予報が耐えなかったこの冬。それでも季節は忘れずに巡り、春がやってきます。
 4月5日は冬至を基点にして季節を24に分けた二十四節気(にじゅうしせっき)の清明(せいめい)。字のごとく清浄明潔な季節がやってきました。空は晴れ渡り、百花が咲き乱れる季節です。
 中国から渡ってきたこの季節の節目。春を迎えて郊外を散歩する日であり、踏青節とも呼ばれたそうです。
 やっと春らしくなるこの季節。郊外に出て散歩をするのもいいですね。

3月下旬

暑さ寒さも彼岸まで

18日から24日が春の彼岸

●寒い冬でしたね
 毎日、毎日、大雪情報。日本海側では例年に増して大雪で、大変でしたね。
 でも、春はもうすぐ。暑さ寒さも彼岸までと言うではありませんか。
 春分の日を挟んで前後3日が彼岸。春分と秋分は太陽が真東から昇り、真西に沈むので、西方にあると信じられている浄土、西方浄土に生まれ変わることを願いました。
 この世界とあちらの世界の間には大きな川があると考えられていました。その川のこちらの世界が此岸(しがん)。あちらの世界が彼岸(ひがん)。此岸は煩悩にあふれた世界、彼岸は煩悩が消えた涅槃の世界。
 お釈迦様は「人は此岸では幸せになれないから、彼岸に渡れ」と解いています。川を渡るためには妻子も捨てて裸にならなければなりません。でも、出家した人が渡りきった後には、すべての人が渡れる橋がかかるのだそうです。

3月上旬

桃は霊力を持った聖木

悪霊を祓う桃の節句

●木の中で最も貴い桃
 ひな祭りの別名を桃の節供というのは、その時期に桃が咲いているからではありません。古代の中国では、木の中で最も貴いとされていたのが桃。絵画や意匠に好んで取り入れられているのは、邪気や悪霊を祓う神聖な木と信じられていたからです。
 桃太郎が鬼退治をしたという昔話は、鬼という邪気を桃が祓ったという伝承から厄除けを意味しています。そこで、鬼退治をする桃太郎が、梅太郎や桜太郎では成立しなかったのです。
 昔は桃の花を散らしたお酒を飲みました。桃の花の霊力を信じ、それを飲むことによって体力や気力が充実すると考えられていたのです。でも、女の子の祭りにお酒は不似合いと、江戸時代からは糯米(もちごめ)に味醂を加えて発酵させた白酒が用いられました。ひな祭りが近づくと、赤い布をかけ、「山川白酒」と書いた桶を天秤棒で担いで、かけ声をかけながら白酒を売り歩く姿が見られたそうです。

2月下旬

おひな祭りの準備と片付け

2月末にはお雛さまを出す

●もうすぐ春、お雛様の出番
 2月も末になるとお雛さまを出さなければなりません。ちょっと面倒ですが、女性にとってひな祭りは心躍るイベントですね。
 出すのも大変なら、仕舞うほうはもっと大変。ホコリを払い、お顔を薄紙で包み、もとあった箱にもとあったように仕舞わなければなりません。
 ひな祭りが過ぎたらすぐに仕舞う。すぐに仕舞わなければ嫁に行き遅れる……というのは、業者がつくったものだとか。雛人形を早く仕舞って五月人形を買わせようという策略だそうです。
 そこで、現代風解釈では、“すぐに”でなくても、暇な時間を見計らって片付けましょう。すぐに仕舞ってもお嫁に行かない人もいるんですから。
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2月上旬

恵方を向いてまるかぶり

今年の恵方は西南西

●節分は季節の変わり目
 節分とは、季節を分けること。季節の変わり目は、気が希薄になり、鬼が狙っていると考えられてます。そこで、節分には豆をまいて鬼を退治し、厄災なく乗り切ろうとするのが節分。
 立春、立夏、立秋、立冬と、本来は節分は年に4回ありました。今では、立春の前の1回だけになりましたが。
 豆は、五穀の中でも位の高い穀物。また、神様の目とも考えられ、鬼退治にはもってこいというわけです。
 最近は、恵方巻という習慣が全国的に広がってきました。本来は関西地方で行われていた習慣ですが、コンビニエンスが広めて、ほとんど全国で行われるようになりました。
 恵方は毎年変わりますが、今年は西南西。恵方を向いて恵方巻をまるかぶり(まるごと食べる)すると、幸運がもたらされるとされています。関西が発祥の恵方巻でも、イベント好きな日本国民にとっては楽しく美味しい習慣ですね。

1月下旬

春はもうすぐ

1月20日は大寒

●小寒から節分までの真ん中
 小寒から節分までは30日(旧暦では)。その真ん中が大寒(だいかん)。
 1年のうちで最も寒い時期、いっそうの寒さ対策に怠りなく。
 でも、あと15日ほどで節分。春はもうすぐです。
 寒中には寒さを利用した食品を仕込む時期。凍り豆腐、寒天、寒仕込みのお酒、寒仕込みの味噌など。
 二十四節気をさらに3つに分けた七十二候という暦もあります。大寒を3つに分けると、
初候:
款冬華(ふきのはな さく)
蕗の薹(ふきのとう)が蕾を出す(日本)
鶏始乳(にわとりはじめてにゅうす)
鶏が卵を産み始める(中国)
次候:
水沢腹堅(さわみずこおりつめる)
沢に氷が厚く張りつめる(日本)
鷙鳥厲疾(しちょうれいしつす)
鷲・鷹などが空高く速く飛び始める(中国)
末候:
鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)鶏が卵を産み始める(日本)
水沢腹堅(すいたくあつくかたし)沢に氷が厚く張りつめる(中国)

 日本と中国、なんだか不思議な季節感
ですね。


1月上旬

1年のうちで一番寒い時期

1月6日が小寒です

●この日から節分までが寒
 1月6日が寒の入り。この日から2月3日の節分までが寒。一年を二十四に分けた二十四節気は中国伝来の季節の節目ですが、節分や彼岸など8つに分けた「雑節(ざつせつ)」は日本でつくられただけに日本の風土にぴったりの季節感です。
 寒の入りから寒さ本番。でも、あと1か月もすると節分。節分とは文字通り季節を分ける行事。本来は立春、立夏、立秋、立冬と4回ありましたが、今では立春の前の日だけが残っています。
 年賀状を出しそびれた方には、慌てて年賀状を出すより、寒中見舞いを出したほうが気が利いていますね。

12月下旬

冬至でなくてもゆず湯を楽しむ

22日は冬に至る日

●冬至にはゆず湯が定番ですが
 南アルプス市の隣に、増穂という地区があります。そこは「ゆずの里」と呼ばれるゆずの産地。
 ゆずは浅漬けに加えたり、鍋物のタレに香り付けしたり、季節の名脇役として活躍します。
 でも、たくさんいただいても、困ってしまいますね。そんなときは、皮を刻んで冷凍しておくといつでも使えると聞きました。さらに、刻んだ皮を砂糖漬けにして冷蔵庫で保存。お湯を注いで飲めばビタミンたっぷり、風邪予防にもなります。
 皮をむいた後の実は、お風呂に入れて毎日、ゆず湯を楽しみます。
 ゆずも柿も、生産者が高齢になり、取る人がいなくなっています。オレンジ色の柿、黄色のゆず、冬枯れの景色の中で、鮮やかな色がそのまま残されているのが昨今の風景になりました。

12月上旬

正月事始め

「鬼」は婚礼以外はすべて吉

●12月13日
 中国から渡り、江戸時代まで長い間、使われていた宣明歴(せんみょうれき)には、二十七宿(にじゅうななしゅく)という日にちがありました。中でも「鬼宿日(きしゅくび)」は婚礼以外はすべてに吉とされていました。
12月13日は「鬼宿日」。鬼がいないからすべてに良い日とも、鬼のように霊験あらたかな日とも解され、お正月の準備を始めるのに良い日。この日に門松やお雑煮を炊く薪などを山に取りに行く習慣がありました。そこで「正月事始め」に絶好な日だとされていたのです。
 もうすぐお正月。この日くらいから、お正月の準備を始めてみませんか。

11月下旬

商売繁盛祈願の酉の市

今年は二の酉まで

●10日と22日は酉の市
 大鳥神社に祀られるのは日本武尊(やまとたけるのみこと)。日本武尊が戦いの祝勝を行ったのが11月の酉の日。その時、武具の熊手を松の木に立てかけたところから熊手が酉の市のキーグッズになりました。
 御利益は武運長久、開運、商売繁盛。戦争がない現代では、開運と商売繁盛を願って、大鳥神社は熊手を買い求める人々で賑わいます。
 酉の日は、12日に1度、巡ってきます。30日ある11月は、2回ある年と3日ある年があります。3回ある年は火事が多いと言い伝えられていますが、それは火の用心をしましょうといういましめ。暖房や煮炊きで火を使うことの多い季節、2回しかない年でも、火の用心に超したことはありません。

11月上旬

七五三のお祝いは都合の良い日に

11月15日は七五三ですが

●今年は土曜日
 三歳の男女児、五歳の男児、七歳の女児の成長を祝う七五三。現在は11月15日に行う人が多いようですが、昔は一定の日を決めずに吉日を選んで行っていました。
 今年はたまたま土曜日に当たるので好都合ですが、日にちにこだわる必要はありません。
 当日は、晴れ着を着て氏神様にお参りし、祖父母やお世話になっているご近所に、千歳飴やお赤飯を配ってご挨拶するしきたりがあります。
 その昔、幼児は男女ともに髪の毛を剃る習慣があり、3歳になるとそれをやめて髪を生やす「髪置きの儀」。男児は5歳になると袴を着けるようになるのが「袴儀」。女児が7歳になると子供用の帯を解き、大人と同じ帯を締めるようになるのが「帯解きの儀」。
 というわけで、三歳の男女児、五歳の男児、七歳の女児ということになりました。

10月下旬

そろそろ霜が降りる頃?

10月23日は霜降(そうこう)

●紅葉まっさかりですが
 冬至を基点にして、太陽の運行をもとに古代中国でつくられた二十四節気。秋は、立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降と6つの季節が巡ります。
 これは中国でつくられたために、日本の季節感よりずっと早く進みます。実際に霜が降るのは冬になってから。俳句で「霜」は冬の季語ですから。

初霜や 鼻赤くして 靴の跡
杉林義男

10月上旬

スポーツの秋です

10月10日は体育の日

●晴れの特異日??
 1964年、東京オリンピックの開催日、10月10日を記念して体育の日が制定されました。そして2000年、休日を増やすためにハッピーマンデー制度が採用され、10月の第2月曜日が体育の日になりました。ちなみに、ハッピーマンデーが適用されるのは、成人の日と体育の日だそうです。
 10月10日は「晴れの特異日」という説がありますが、それは間違いとか。特異日は10月14日。でも、「天高く馬も肥ゆる」ほど晴れた日が多いこの時期。「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」という体育の日にふさわしい天気が続きます。
 それにしても、2020年の東京オリンピックの開催は7月24日から8月9日。高温多湿の日本の夏に来る海外の人々は大変ですね。

9月下旬

重用の節供が転じて敬老の日?

9月15日(月)は敬老の日

●めでたい数字が重なる重用の節供
 1月は人日があって人々を祝い、3月は女の子を祝い、5月は男の子を祝い、7月は恋人たちを祝い、9月は老人を祝う。奇数は陽の数字とされ、それが重なった日にお祝いをしたのが五節供(1月の人日だけは7日ですが)です。見事にバランスが取れた考え方ですね。中でももっとも大きな奇数である9が並ぶ日はもっとも重要な日とされていました。昔から、老人は大切にされていたのです。
 さて、敬老の日は1965年「多年にわたい社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日として制定されました。農閑期でもあり季節も良い9月の15日を「ろうじんの日」にたという流れを汲んだものと考えられていますが、重用の節供が転じたと考えたほうがお祝いの気持が現れているような気がしますけど。

9月上旬

中秋の名月

今年の十五夜は9月8日

●月を愛でる日本人の心
 騎馬民族の西欧では、星を頼りに方角を見定めて飛び回りました。そこで星占いが盛んになりました。
 一方、農耕民族の日本。定住型ですから、月を見て日にちや季節を判断しました。自らの地点を基準にした方位学などが盛んになったというわけです。
 春、夏、秋、冬。1年を4つの四季に分け、それぞれを3つに分け、初秋、中秋、晩秋のうち、中秋の満月がもっとも美しいとし、中秋の名月を楽しむ習慣が定着しています。
 十五夜には季節の農作物を供えて月を愛でました。そして里芋が旬。里芋を供えたので「芋名月」とも呼ばれます。次の月の十三夜には栗を供えるので「栗名月」とも呼ばれます。
 十五夜と十三夜は両方ともに愛でないと、「片見月」と言われてあまり縁起が良くないという説もあります。自然を巡る様々な行事があるのが日本の良さなのですから、両方とも楽しみましょう。

8月下旬

疫病封じの夏祭り

暑い時にはさらに暑く燃えて

●季節ごとに願いを込めて
 冬の祭りは新しい年を祝って一年の五穀豊穣を願う祭り。春はこれから始まる農業の収穫を願う祭り。秋は収穫に感謝する祭り。日本の祭りは農耕に関係深い行事ですが、夏祭りだけは別。祖先の霊を迎える盆が夏祭りと習合したものと、疫病、害虫、風水害から逃れることを目的としたものがあります。
 地方で行われる夏祭りは盆の要素が濃く、都会で行われる夏祭りは疫病を封じる要素が農耕です。
 人口の密集していた都会では、どれほど疫病が恐れられていたかがわかります。

8月上旬

夏真っ盛りですが立秋です

立秋は8月7日です

●一番暑い頃ですが
 「秋きぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる」……秋が来たと見た目にはハッキリと見えないけれど、風の音を聞くともう秋だと驚かされますね、と古今集にある歌。立秋の日に詠んだという藤原敏行の作です。
 二十四節気は、中国から伝えられた暦ですから、日本の季節感とは少しのずれがあります。
 確かに、日本ではこの頃は一番暑い日が続いています。それでも、立秋と聞き朝晩の風の音に秋の気配を感じ取った古人の感性に思いをはせてみましょう。
 「もう秋」と思えば、もう少し厚さに耐える勇気がわいてくるのではないでしょうか。

7月下旬

土用の丑の日は「う」のつくものを

ウナギは高嶺の花になりつつあります

●絶滅危惧種になった日本うなぎ
 江戸時代から土用の丑の日を飾っていたウナギ。でも、日本ウナギは絶滅危惧種に指定されてしまいました。
 稚魚が捕れないということもあり、価格はウナギ登り。庶民にとっては高嶺の花になってしまいましたね。
 土用の丑の日だからといって、ウナギを食べなければいけない理由はありません。そもそも平賀源内が、知り合いのウナギ屋に販促方法を尋ねられたところ「本日丑の日」と書いて店先に貼るように指導したことが始まりでした。
 昔、丑の日に「う」のつく食品を食べると夏ばてしないという民間伝承がありました。だから、「うしの肉」でも「うまの肉」でも何でもいいので、滋養ある「う」を食べて暑さを乗り切ってください。

7月上旬

七夕に願いを

牽牛は農業、織女は裁縫

●タナバタは織機のこと
 タナバタとは、棚のある機(はた)、つまり布を織る織機のこと。昔、昔、村の厄災を除くために汚れを知らぬ機織り娘、棚機津女(たなばたつめ)が機屋に籠もって神様のお相手をしたという慣習がありました。それが中国伝来の乞巧奠(きっこうでん)と結びついて七夕の行事になりました。
 牽牛は農業に巧みなので農業技術の向上を、織女は機織り・裁縫・琴が巧みなので裁縫や芸能の向上を願う日でもあります。
 織女は家事が得意なようですから、お掃除、整理収納が上手になりますようにとお祈りしたらいかがでしょうか。

6月下旬

水がいっぱいあるのに水無月

天の水が無くなるから?

●旧暦では梅雨の季節です
 6月の異名は「水無月(みなづき)」。梅雨の季節、雨がいっぱい降って天の水が無くなるからとも、日照り続きで水がない月だからとも言われています。
 夏至は6月20日。昼が一番、長い日です。夏に至る、という日ですが、梅雨期なのでまだまだ実感はありません。
 最も熱くなるのは、大暑(たいしょ)。7月23日が今年の大暑です。

6月上旬

母の日を祝ったら父の日も

五月雨を集めて早日頃の経済活動に感謝

●日本はアメリカ型
 母の日の起源は世界中でありますが、日本にはアメリカから入ってきたのでアメリカ同様に5月の第2日曜日に祝います。
 父の日もアメリカ伝来。ワシントン州のジョン・ブルース・ドットさんが提唱しました。ジョンさんのお父さんは早く妻に先立たれ、男手ひとつで6人の子どもを育て上げました。
 彼女は「母の日があるなら父の日も」と考えて提唱し、アメリカで正式な祝日となったのは1972年のことでした。
 母の日はカーネーションを送りますが、父の日には決まった花がないので、バラやユリを送るのが一般的なようです。

5月下旬

五月晴れは梅雨時の晴れ間

五月雨を集めて早し最上川

●旧暦の5月は梅雨の季節
 五月晴れ(さつきばれ)……澄んだ空の五月は、本当に良い季節ですね。
 旧暦は新暦の約1か月遅れで季節が巡ります。そこで昔の5月といえばは梅雨の季節。梅雨の間にカラッと晴れた1日は、特筆すべき晴れ間として「五月晴れ」と呼んだのでした。
 松尾芭蕉が「五月雨を集めて早し最上川」と詠んだのも梅雨の季節の様子。雨がたくさん降って最上川の水かさが増し、流れも速くなった様子が伝わってきますね。

5月上旬

5月の一番始めの午の日

端午の節供の由来です

●中国から渡った端午の節供
 中国から渡ってきた当初は、5月の最初の午の日を「端午」の節供として祝いました。後世になると、毎年、日にちが変わるのは混乱を招くとして5月5日に定められたのです。
 3月3日が女の子の成長を祝う節供で、5月5日は男の子の成長を祝います。
 節供は神様をお迎えする祭事でもあり、神様に食べ物をお供えし、子どもの成長をお願いするもの。そこで、本来は「節供」と書き表しました。
 「句」つまり季節の単なる切れ目という文字より、「供」つまり神様と供に祝うという字のほうが意味を的確に現しているとは思いませんか?

4月下旬

端午の節句の準備

幟は武家、鯉のぼりは商家

●滝を昇る鯉のように勇壮に
 武家では幟を立てて男の子の成長を祝いました。幟は合戦の旗印だったからです。
 商家では、武家の幟では恐れ多いと、鯉のぼりで祝いました。鯉を音読みすると「リ」。「リ」は「利」に通じるという願いでもありました。
 五月晴れの空に泳ぐ鯉のぼりは、まさに滝登りをする生命力の強い鯉を想像させて、男の子の出世を願うのに最適ですね。

4月上旬

お釈迦様の誕生を祝う花祭り

4月8日は花祭り

g1.jpg●ルンビニーの花園で誕生
 紀元前463年頃、釈迦族の王様・浄飯王(じょうはんおう)とその妃である摩耶夫人(まやふじん)の間にお生まれになったお釈迦様。摩耶夫人がお産のために実家に帰る途中、ルンビニーの花園で休んだ時にお生まれになったそうです。
 花祭りには、その花園にちなんで花見堂というお堂をつくり、水盤の上にお釈迦様の像を置き、花で飾って誕生を祝いました。そこで“花祭り”と呼ばれます。
 お寺に参詣してお釈迦様の像に甘茶をかけ、それをいただいて帰ります。飲むと丈夫になり、目につけると目が良くなり、墨を擦って字を書くと上手になると信じられていました。
 春の花が咲きそろうこの時期、お部屋に花を飾って春を満喫してみてはいかがでしょうか。

3月下旬

春分・秋分は閣議で決定

3月21日“頃”という不思議

●前の年の2月に決定
 太陽が赤道の上に輝き、昼と夜の長さが同じと言われる春分・秋分の日。でも、昼のほうが約14分ほど長いのだそうです。
 春分の日は、前の年の2月に国立天文台から「暦象年表」という小冊子が発行され、閣議で決定されます。計算上は何年も先まで分かっているのですが、閣議決定されなければ確定しません。そこで、2年以降の春分の日は「3月21日“頃”」という表現になります。
 でも、計算上の日と発表の日が違ったことはありません。閣議決定するまでは“頃”と言うのは日本だけとか。
 カレンダーを作っていた時、国立天文台に聞いても、「頃としか言えません」と言われたことを思い出します。

3月上旬

お雛さまは早めにしまう

お嫁に行き遅れることはありません

●3月3日が過ぎたら大忙し
 3月4日にはお雛さまをしまわないと、娘がお嫁に行き遅れる、と言われています。
 でもそれは聞くところによると、お雛さまを早くしまって五月飾りを早く飾って(買って)欲しいという人形業界の陰謀のようです。
 早くしまわなくてもお嫁に行き遅れることはありませんが、のんべんだらりと飾っておかないでテキパキとしまいましょう……というリズミカルな家事をさせるために昔から言い伝えられているのでしょう。

2月下旬

日差しが明るくなってきました

寒い中にも春の気配が

●冬至10日居座り
 昨年の12月22日に冬至を迎えたはずなのに、1月の間はなかなか朝日が昇ってくれませんでした。「冬至10日居座り」と言われ、年が明けてもなかなか日が長くなりません。
 でも、2月も半ばになると、ハッキリと日差しが長くなったことを感じます。日の出は10分以上も早くなり、日の入りは50分ほども遅くなります。
 春はもうすぐ、そこまでやってきています。風邪など引かないように、冬を乗り切ってください。
 2月19日は二十四節気の「雨水」。雪や氷も溶けて雨水が温む(ぬるむ)頃となりました。

2月上旬

豊作を祈願する初午

立春以降の午の日

●稲荷神社はイネナリ
 稲荷神社の本社である伏見稲荷神社のご祭神・宇迦御霊神が伊奈利山に降り立った日が和銅4年2月11日だったのだそうです。この日が立春から数えて最初の午の日だったので、全国の稲荷神社では初午を祝います。
 稲荷とはイネナリであり、五穀の豊穣を司る神様です。初午の日に雨が降らないと火事が起きるとか、初午の早い年は火事が多いとか、さまざまな言い伝えがありますが、この日、消防団が各戸を回って火の用心を呼びかけたり、火の用心のお札を配ったりする地方もあります。
 稲荷神社には狐が祭られているとカン違いする人も多いと思われますが、狐はお稲荷様を守っているだけなのですよ。


1月下旬

15日は小正月

忙しかった主婦の休日

●大正月から小正月へ
 一般に、1月7日までは松の内、大正月、15日前後を小正月と呼び習わされています。小正月は「女正月」とも呼ばれ、忙しく立ち働いた主婦をねぎらって、小豆がゆを食べる習慣があります。地方によっては甘く煮た小豆にお餅を入れて食べることろもあります。
 女性へのねぎらいの日を設けるなど、昔の人々は結構なフェミニストだったのですね。
 小豆は、その赤い色から邪気払いを祈念して食べられたものという説が有力。お祝いの席でお赤飯が供されるのも、小豆の赤い色が慶事を寿ぐと考えられていたのでした。

1月上旬

1月7日は「人日」

七草がゆの起源

●人を占った1月7日
 1月7日は「人日(じんじつ)」と呼ばれました。中国で6世紀の初めに編纂された『荊楚(けいそ)歳時記』に「正月七日を人日と為す。七種の葉をもって羹(あつもの)をつくる」と記され、この日、七つの若草でかゆをつくって食べ、無病息災を祈念しました。
 その頃の中国では、1月1日から大切な家畜の一つひとつを占い、無病息災を祈りました。1日は鶏、2日は狗(いぬ)、3日は家猪(かちょ・豚)、4日は羊、5日は牛、6日は馬、そして7日目に人の無病息災を祈ったのです。
 平安時代の宮中では、1月15日に七種類の穀物でかゆをつくって豊穣を祈りました。その習慣と中国から伝わった若菜を食べる習慣が結びついて七草がゆになったと考えられています。

12月下旬

家族が待ち望むクリスマス

冬至の祭りとキリストの誕生

●1年の変わり目は冬至
 ヨーロッパにおいては、1年の変わり目は冬至。ローマ人が冬至に行ったサトゥルナリアと呼ばれる農業の祭りがキリスト教と結びつきクリスマスになったということです。聖書にはキリストの誕生の日が特定されているわけではありません。
 クリスマスを一大イベントに仕立て上げたのは、イベント好きなアメリカでした。日本には、大正時代にアメリカから伝わり、最もポピュラーな外来イベントになりました。
 アメリカでは、11月の第4木曜日の収穫祭であるサンクスギビングデーの翌日からはクリスマスホリデー。家々は庭や窓を賑やかに飾り、そのできばえを自慢しあっています。

12月上旬

早めのお正月支度

事始めは12月13日

●鬼のいる日は事を始める最適日
 江戸中期まで使われていた宣明暦という暦では、二十七宿は「鬼」となり、それは12月13日でした。「鬼」の日は婚礼以外は全て吉とされていて、お正月の準備を始めるのに適しているとされていました。門松やお雑煮を炊くための薪などを山に取りに行く習慣があったそうです。
 その後の暦では「鬼」と13日は同期しなくなりましたが、お正月事始めは13日に定着しました。
 この日、京都の芸舞子さんたちはお師匠さんやお世話になった茶屋などに挨拶にでかけます。すっかりお正月気分で「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」と挨拶をして回ります。
 みなさんも、13日を目処にお正月支度に取りかかってください。



11月下旬

子どもには嬉しいけど辛い七五三

現代七五三模様

●3歳の男女、5歳の男児、7歳の女児
 七五三は、昔は数え年で祝うとされていました。でも、今では満年齢で祝うことが多くなりました。
 “よく健康でここまで育ちました”という晴の日。めでたい奇数の数字である3歳と5歳と7歳を祝う、親も子も嬉しい日です。なぜ11月15日に設定したかというと、その日は二十八宿の鬼宿日であり、この日、鬼は家にいて災厄を及ぼさない吉日だからでした。今年は金曜日。忙しい現代では、この日でなくても、家族の都合に合わせて行うことも多くなりました。
 11月に神社などに行くと、晴れ姿の親子を見かけます。良く見ると、晴れ姿の子どもが靴を履いている光景を見かけます。和服を着るのも苦しいものですが、足袋と草履は子どもにとって辛いもの。歩きやすい靴というのも現代風ですね。

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11月上旬

自由と平和を愛し文化をすすめる

11月3日は文化の日

●なぜ11月3日なの?
 そもそもは、明治天皇の誕生日であり、最初は天長節、昭和2年からは明治節、そして昭和21年のこの日に日本国憲法が公布されたことから、昭和23年の国民の祝日に関する法律によって「文化の日」と呼び名が変わってきました。
 日本国憲法は公布の半年後、昭和22年の5月3日に施行され、憲法記念日となっています。
 いくつか呼び名が変わってきたこの日。日本の歴史的変遷が感じられます。
 「自由と平和を愛し、文化をすすめる」日であると祝日法には明記されていますので、この日、文化=人類がみずからの手で築き上げてきた有形・無形の成果の総体について思いを馳せてみましょう。


10月下旬

十三夜の月を愛でる

旧暦9月13日は新暦の10月17日

●日本固有の習慣である十三夜
 十五夜が中国から伝わった月見に対して、十三夜は日本固有の習慣だと言われています。満月まであと2日、近未来を予感しながら13日の月を愛でるとは、なんとも奥ゆかしい日本人らしい習慣ではありませんか。
 十五夜と十三夜は、両方観賞しなければならないと言われています。片方だけでは「片見月」とか「片月見」と言われ、縁起が悪いとされています。
 旬の食材で言えば、十五夜は里芋が備えられるので芋名月、十三夜は栗や豆が備えられるので「栗名月」「豆名月」とも呼ばれます。

10月上旬

秋を味わう新嘗祭

美味しい実りの感謝祭

●秋の味覚が出そろいます
 10月は、旧暦では11月ですから、稲の収穫を感謝してその生命力をいただく季節でもあります。宮中では、天皇がその年に収穫された新穀を神々に捧げ、五穀豊穣を感謝して神と共にそれを食す新嘗祭(にいなめさい)が行われます。
米は五穀(稲、麦、粟、稗、豆=日本書紀)の中でも最も位が高く、祭りには神饌(しんせん)として神に捧げ、そのお下がりをいただくことを直会(なおらい)と言います。神には糯米(もちごめ)、仏には粳米(うるちまい)を捧げるという決まりもあります。
 現代流に言うと、秋の感謝祭。新米を始め、芋や栗、茸などさまざまな秋の味覚が出そろいます。秋の味覚はまた、寒い冬を乗り切るための栄養源でもあります。


9月下旬

掬水月在手

月の愛で方

●水に映る月を愛でる
 平安貴族たちは、月を直接眺めることはなく、舟を浮かべ、池に映った月を愛でたそうです。
 掬水月在手(水を掬すれば月手に在り)。掬(きく)とは、すくい取ること。水を両手ですくい取れば月は手の中にある……これは于良史という人の「春山夜月」の一節。
 奔花香満衣(花を奔すれば香りは衣に満ちる)とつづきます。花の間を走れば衣に香りが満ちてくるという意味でしょう。
 春の歌ではありますが、仲秋の名月を手の中に納めて見るなんて素敵ですね。

9月上旬

月を愛でる

今年の十五夜は9月19日

●中秋の名月
 春夏秋冬を、それぞれ3つに分ける考え方があります。秋は、初秋、仲秋、晩秋と呼びます。仲秋の名月とは、月の満ち欠けを暦にしていた旧暦の8月15日の月。新暦では約1か月のズレがあるので、今年の仲秋の名月は9月19日です。
 騎馬民族では星が位置を知る重要な印で、星占いなどが盛ん。農耕民族の日本では、星よりも月を重視していたのでしょう。月を愛でる習慣が根強く残っています。
 天高く馬肥ゆる秋。空はスッキリと澄み渡り、月もひときわ美しく輝いています。
 現代は、月を愛でる習慣も少なくなってしまいましたが、せめて薄などを飾ったり、お団子をつくったりしてみたいものですね。
<月見団子の作り方>
米粉120グラムを水で耳たぶくらいの硬さにこね、15等分にしてたっぷりの湯で茹でます。茹であがったら冷水に晒し、団扇で扇いでテリを出します。
お供えの後は、あんこや砂糖入りのきな粉をまぶして食べると懐かしいスイーツに。

8月下旬

朝夕は涼しい風を感じる「処暑」

最も暑いのが「立秋」??

●二十四節気は中国伝来

 冬至を基点にして1年を二十四に分けたのが二十四節気。中国でつくられたため、現代の日本の季節感とはややズレを感じます。

 最も暑いのが「立秋」。「夏至」は太陽が北回帰線に到達した日で、暑さはまだ本番ではありません。そして「立秋」頃になると熱された北半球で最も暑い日がやってきます。

 そして「処暑」は8月23日。暑さの中にも朝晩は涼しい風が吹き始めることで、秋の到来を感じてください。


8月上旬

一番暑いのが「立秋」の頃

今年の丑の日は8月3日

●土用は立秋前の18日間
 土用とは、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を指します。昔は4回ありましたが、現在では立秋の前の土用だけが知られています。季節の変わり目は、邪気が入り込みやすく、邪気祓いの行事がさまざまに行われていました。
 18日間もあるので、丑の日が2回ある土用と1回の土用とがあります。今年の土用の丑の日は、7月22日と8月3日。鰻屋さんやスーパーマーケットではさかんに鰻を奨励していますが、最近は稚魚が獲れなくて価格が高騰しています。
 平賀源内が鰻を食べるように勧めた前は、丑の日なので「う」のつくものを食べれば夏ばてを防ぐと信じられていました。
 夏ばてに鰻は絶好の滋養ですが、お財布と相談しながら「うどん」でも「ごぼう」でも「う」のつく食品を食べて夏ばてを乗り越えてください。

7月下旬

7月15日は「海の日」

7月の第3月曜日は海の恵みに感謝

●1996年に制定された14番目の祝日
 日本は海洋国。四方を海に囲まれていて、豊かな恵を私たちにもたらしてくれます。海の日は、「海の恵みに感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」という主旨で制定されました。
そもそも、明治天皇が灯台視察船「明治丸」にお乗りになり、青森から函館を経由して横浜港にお帰りになったことを記念したものです。
以前は毎年7月20日と決められていましたが、2003年からは第3月曜日となり、7月唯一の連休になりました。
 母なる海の恵みに感謝しつつ、健康的で豊かな海の幸を楽しもうではありませんか。


7月上旬

技術の上達を願う七夕

織女のように美しく

●牽牛と織女の恋物語
 古代中国のこと。恋人同士の牛飼いの牽牛と機織りの織女は、恋に浮かれて毎日、遊び暮らしていました。それを知った天の神様の怒りに触れ、二人は天の川を挟んだ対岸に引き離されてしまいます。
 そして、1年に1度だけ鵲(カササギ)を並べた橋が現れ、天の川を渡って逢うことを許されたとか。獅子座の牽牛星と琴座の織女星が、白鳥座の仲立ちで逢うというのが中国の伝説です。
 織女のように機織りや芸能技術の上達を願う日。江戸時代までは伝統的な星の座飾りをしつらえて、2星の安全な逢瀬を祈りました。
 ところで、鵲とは? 昔は中国にしかいなかったカラス科の鳥。秀吉が朝鮮から持って来たとか、カラスの群と混ざって飛んで来たなどという説があります。

6月下旬

土用の丑の日にはウナギを食べる

平賀源内の薦めとか?

●立秋の前の18日間
 立春、立夏、立秋、立冬の前の18日間を「土用」といいます。今では、立秋の前の土用だけが有名になっていますが、それはウナギを食べる習慣が残っているから。
 最近はウナギの稚魚が捕れなくなって、高騰していますが、必ずしもウナギを食べる必要はありません。要は、暑い夏を乗り切るために、滋養溢れる食品を食べようということなのです。
 ウナギを食べるようになったのは、江戸時代の平賀源内の薦め。知り合いのウナギ屋が販売促進方法を尋ねたところ、「本日、土用丑の日」と書いて店頭に貼るようにと教えました。すると、大繁盛! 以来、土用の丑の日にはウナギを食べる習慣が定着したということです。

6月上旬

夏至は6月21日

行事の少ない6月

●二十四節気の夏至
 冬至を基点として、太陽の運行をもとに中国でつくられた二十四節気。今年の夏至は6月21日です。1年のうちで昼が一番長い日。でも、日本では梅雨の真っ最中。太陽を拝む日が少ないので、実感はあまりありません。
 そろそろ暑さが到来するのは「小暑」の頃。「大暑」は暦の上では字のごとく最も暑く思いますが、本格的な暑さはもうちょっと先。
一番、暑くなるのは、なんと「立秋(8月7日)」頃なのです。でも、暦の上では秋。暑中見舞いは立秋以前に済ませましょう。失念してしまった場合は、残暑見舞いを。

5月下旬

旬とは、10日間のこと

初物好きな日本人

●30日を上旬、中旬、下旬に分けて
 月の満ち欠けで日にちを表した日本の暦は、1か月が30日でした。それを3つに分け、上旬、中旬、下旬としました。つまり、旬とは10日間のこと。自然の恵みはほんの10日間だけ美味しさの神髄を提供してくれます。旬が失われ、いつでも美味しい食材が手に入る現代ですが、旬の食物は美味しく栄養価も高いので、精一杯、旬を楽しみたいものですね。
 料理屋では、「走り」「旬」「名残り」という素材の呼び方をします。中でも「走り」は「初物」とも呼び、その幸運に巡り合わせて東を向いてニコニコ笑うと75日、長生きができると言われました。一番、最初に出回った食材の生命力をいただくという意味でもあったのでしょう。

5月上旬

端午の節句

5月の始めの午の日

●奇数がめでたい陽の数字
 1月1日は元旦。3月3日は雛の節句。5月5日は端午の節句。7月7日は七夕。9月9日は重陽の節句。奇数が並ぶ日はめでたいとして、5節句を祝いました。
 ではなぜ5月5日を端午の節句と言うのでしょうか。もともとは、5月の初め(端)の午の日に祝った節句なので端午の節句。でも、毎年、日にちが変わるのは面倒だということになり、奇数が並ぶ5月5日に定着したものでした。
 雛の節句も、元々は上巳(じょうし=初めの巳の日)でしたが、これも毎年、日にちが変わるのは面倒だということになり、3月3日に定着したものです。
 五節句は、江戸時代に幕府が式日に定め、武家社会に拡がり、さらに庶民の間にも流布していきました。

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4月下旬

風土記の時代から行われた花見

山に登って花を愛でる

●桜の木に宿る田の神さま
 花見の原型は風土記の時代から行われていました。当時の桜は山桜。お酒やご馳走を持って山に登り花を愛でるのは、行楽的な意味と同時に儀礼的な要素もありました。桜は神が宿る木と信じられ、「サクラ」の「サ」は清らかなという意味を持つ接頭語。「サクラ」の「クラ」は蔵や鞍に通じ、神さまが宿る場所を意味するという説が有力です。
 この季節は、農作業の始まる時期でもあります。豊作を祈念して神のおわす山に登り、神と共に共食の宴を行いました。桜の木の根元に酒を振りまいて清めます。そして、桜の1枝を手折って持ち帰り、それを庭や田に立てたという風習の地方もありました。桜の木に宿っている神を田の神に降ろすことを意味していたようです。


4月上旬

天上天下唯我独尊

4月8日は花祭り

P1.jpg●花園でお生まれになったお釈迦さま
 4月8日はお釈迦さまのお生まれになった日。紀元前463年頃、釈迦族の王さま・浄飯王(じょうはんおう)とその后・摩耶夫人との間に誕生しました。摩耶夫人がお産を実家でするために里帰りをする途中、ルンビニーの花園で休んでいた時にお生まれになったそうです。
 美しい花園での誕生を祝うために、お寺の境内にはさまざまな花で飾った花御堂をつくり、水盤の上にお釈迦さまの像を置いて甘茶をかけて祝います。そこで、花祭りとも呼ばれるのです。

 ところで、お釈迦さまはお生まれになったとたん3歩歩まれ、右手は上を指し、左手は下を指し、「天上天下 唯我独尊(ゆいがどくそん)」とおっしゃったとか。「この世界に私より尊いものはない」と解釈されていますが、本来は「この宇宙に存在するすべてのものは、みな平等で尊いもの」という意味だそうです。また「天上も天下も私がこの世を正すたった1人である」とも解釈されています。解釈次第で、まったく逆の意味になるのですね。

3月下旬

昼と夜の長さが同じ春分

実際には昼が14分長い

●待ち望んだ春です
 春分の日の決定は複雑。国立天文台が算出する春分日をもとにして閣議決定され、前年の2月の第1の平日の官報で発表されます。今年は3月の20日。
春分の日は、昼と夜の長さが同じと教わりました。でも、本当は昼のほうが夜より14分も長いのだそうです。それは、①大気による屈折で太陽が実際より上に見えるため、その角度の分だけ日の出が早く日没が遅くなる②太陽の上端が地平線と一致した時刻を日の出・日の入りとしているため、日の出が早く日の入りが遅くなる③視差によって0.7秒日の出が遅く、日の入が早くなる……など。それだけに複雑な計算が必要なのですね。

3月上旬

お雛さまをしまう

4日を過ぎても大丈夫

●お嫁に行き遅れる?
 お雛さまは、3月4日にしまわないとお嫁に行き遅れると言われています。でも、それは昭和になって人形屋さんが広めた噂のようです。つまり、早くしまって、五月人形を早く買わせるためだとか。
 もう一つ、家事は何事もサッサとしなければ良いお嫁さんになれないという教訓も含んでいるようです。
 晴れて湿度が少ない日を選びましょう。まず、人形の冠や持ち物をはずし、毛ハタキでホコリを払います(私は筆を良く洗ってほぐしたものを使います)。また、顔には絶対に触らないこと。貝をすり下ろした胡分(ごふん)が使われていますので、手の脂が着いたら色が変わってしまいます。白い手袋をして扱うのがよいでしょう。
 そして、お顔を軟らかい紙で包み、箱に収めたら動かないように脱脂綿を詰め、湿度の低い場所に収納します。
 防虫剤は、種類を混ぜると化学反応をおこして衣類を傷めます。和服用の防虫剤に統一すると安心です。

2月下旬

もうすぐ雛まつり

お雛さまを飾る

h2.jpg●女雛は右? 左?
 京都などでは女雛は向かって左、男雛が向かって右。御所は南に向いて建てられているので、陽が上る東側のほうが上位とされ、左に男雛を飾ります。
 東京などでは、女雛が右。それは、明治時代になって天皇が男性が左に立つヨーロッパの習慣を取り入れたからです。
 というわけで、どちらでも正解。多くは、立ち雛の場合は女雛が右、座り雛の場合は女雛が左、という感じで飾っています。
 「あら、この並び、間違っていない?」などと問われた時に、由来が話せれば納得してもらえますね。
 お雛さまはとてもデリケート。箱から取り出す時には、胸と背中を持ち、持ち上げたら下に手を添えて優しく取扱いましょう。白い手袋をして扱うというのもいいですね。

2月上旬

季節を分ける節分

翌日は立春なのですが

●春は名のみの寒さ
 現在の太陽暦では、立春といっても実感がわきませんね。昔の暦とはほぼ1か月半ほども違うのですから、無理もありません。
 季節を分けるというくらいですから、立春、立夏、立秋、立冬の前の日が節分でした。季節の変わり目には隙間ができ、邪気や悪霊が忍び込みやすいと信じられていました。特に、1年の始まりである立春の前の節分には、豆を蒔いて邪気を払おうとしたのです。
 五穀豊穣、五穀とは、米、麦、栗、黍(きび)、豆の5つ。穀物は神さまの目にも喩えられ、中でも目に見立てられる豆に軍配が上がり、節分には豆まきをするという習慣が定着したのでしょう。大切な穀物ですから、拾って食べるためにも豆が都合がよかったからという理由もありそうです。
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1月下旬

天まで届け、どんど焼き

15日はお正月様を送ります

●正月飾りを片付ける
 正月飾りは、地域によってはずす日が違いますが、一般に15日にどんど焼きとして、焼いて処理しました。
 しめ縄は、占める、つまり神さまの居場所を示すためのもの。玄関飾りは、神さまがわが家にいらしていただくための印。神さまのものですから、燃やして、煙を天に届けたわけです。
 今では、CO2の問題から、みだりに火を燃やしてはいけないという地域もあります。一般ゴミとして捨てなさいというわけですね。そんな時には、せめて半紙に包んで一番上に乗せて処理したいものです。
 焼いていいという地域では、お正月飾りを買う時に、プラスチックなどを使わずに天然素材でつくったものを買うようにしましょう。

1月上旬

一年の計は元旦にあり

寝正月には家族で一年の計を

●一年の計は元旦にあり
 中国の馮應京(ひょうおうきょう)という人が、『月令広義(げつりょうこうぎ)』という年中行事やしきたりなどを解説した本の中に「一日之計在晨 一年之計在春 一生之計在勤 一家之計在身」と詠みました。
 つまり、一日の計は晨=朝 一年の計は春=元旦 一生の計は若いうちに 一家の計は身にあるという意味です。
 計画を立てるのは、なにごとも原点に立ち返って立てるべきだという意味ですね。
 今年は巳年。巳という字は、母が胎内に子どもを包んでいる様子を表したもの。新しい生命の誕生を表していますので、新しいことに挑戦するのにピッタリの年かもしれません。頑張りましょう!

12月下旬

すす払いは神事だった

昔は男性の役割だったのですが

 洋の東西を問わず、火は神聖なもの。火から生まれるすすも、神の一部と信じられていました。そこで、すす払いは男性の役目。
昔は囲炉裏があった我が家では、おじいさんが裏の竹藪に行って竹を切り、竹竿の先に竹の葉をくくりつけてすす払いをしていたことを思い出します。
 現在は、竈はガスや電気になり、囲炉裏はストーブやエアコンになり、すすが出なくなったのですす払いの習慣もなくなってきました。それでも、蜘蛛の巣が張ったり、生活から出るチリが天井についたりしていますから、大掃除の際の天井・壁掃除は必須。私はフローリングワイパーでつくったハタキで天井や壁を優しく擦ります。吸塵剤がホコリを立てずにホコリを取ってくれますから、周囲にまき散らさなくて済みます。

12月上旬

冬至には柚子湯に入る

ビタミンをたっぷり摂って健康に

●一年で一番夜が長い日
 冬至……太陽が南回帰線に至り、文字通り冬に至る日。昼が最も短く、夜が最も長い日です。
 この日、柚子湯に入り、カボチャや冬至粥(小豆粥)を食べると風邪をひかないと言われています。野菜が少なくなるこの時期に実がなる柚子はビタミンCたっぷり、カボチャはビタミンAたっぷり。CもAも免疫力を高めるビタミンとされていますので、現代科学から考えてもリーズナブル。そして、いつもと違う入浴や食事は、精神的にも元気にしてくれますね。
 冬至は二十四節気のうち22番目の節季。これから日が長くなり始めるといっても、まだ小寒、大寒とさらに寒い日が続きます。でも、次第に明るくなる太陽は、春の訪れを予感させてくれます。

11月下旬

勤労感謝の日の意味

勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう

●新嘗祭が起源
 農業国日本では、古い時代から五穀豊穣を祝う習慣がありました。春の祭りは五穀豊穣を願い、秋の祭りは五穀豊穣に感謝していました。象徴である天皇がその年に採れた五穀(稲・麦・栗・稗・豆)を神に供え、ご自身も召し上がるのが新嘗祭(にいなめさい)。
 ところが、第二次世界大戦後、GHQが天皇の行事を国の行事と切り離そうとし、勤労感謝の日として「国民の休日に関する法律」を定めたのが昭和23年のことでした。
 国民の休日の中でも、勤労感謝の日はあまり重要視されていませんが、失業率が高くなった今でこそ、その意味を考えたい日。設立の趣旨のごとく、「勤労を尊び、生産を祝い、国民が互いに感謝しあう日」にしたいものですね。


11月上旬

子どもの成長を祝う七五三

11月15日は鬼がお休み

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11月15日は二十八宿の鬼宿日(きしゅくにち)で、鬼は自宅に宿っています。そこで、災厄を及ぼさず、何をするにも吉日だと考えられていました。また、11月は氏神さまに収穫を感謝する日だったので、その吉日を選んで七五三の祝いの日としたのです。
 “お祝いは早く”と言われます。15日が平日に当ると、現役世代は参加が難しくなるので、それ以前の休日を選んでお祝いしたらいかがでしょうか。
 当日は、きちんとした服装で氏神さまにお参りした後、親戚や近所に千歳飴や赤飯を配ってご挨拶しましょう。子ども達にもちょっと背伸びした、大人になった気分を味合わせてあげましょう。



10月下旬

10月10日は晴の特異日?

10月は運動会も多いのですが

 高い確率で現れる気候を特異日と言います。10月10日は晴の特異日と言われていますが、本当はどうなのでしょうか。
東京オリンピックは10月10日に開会式が行われました。それは晴の特異日であることを期待して日にちを設定したのでしょうか。でも、真実はそうではなさそう。統計的な晴の特異日は、1月16日、3月14日、6月1日、11月3日の4日間のみ。
むしろ、東京オリンピックの開会式というイメージが、晴のイメージと重なったのでしょう。もちろん、オリンピックの開会式は、天高く馬肥ゆる雨が少ない10月に設定したはずです。
 でも、秋晴れが続く10月は運動会には持って来いの季節ですよね。お弁当をつくって、家族で応援し、秋空の下での食事も楽しい思い出ですね。

10月上旬

聖人を記念する祝日・ハロウィン

次第に日本にも定着しつつあります

 ハロウィンとは、Hallow=神聖な、een=イブニングという意味。キリスト教において、11月1日はあらゆる聖人を記念する日でした。その記念日の前の、10月31日が前夜祭ハロウィンです。
 一方、古代ケルト暦では、10月31日が一年の終わりの日。この日には祖先が我が家に帰る日であり、悪霊が横行する日でもありました。洋の東西を問わず、季節の変わり目には百鬼が夜行するのですね。
 祖先の霊を家に導くためには、道を照らす明かりが必要。悪鬼を追い払うためにも明かりは有効。そこで、大きなカボチャ(最初は蕪)をくり抜いて窓をつけ、中に蝋燭の明かりを灯して家中に置きました。
 祭りには、子ども達の楽しみも必要で、魔女やお化けに仮装した子ども達が、「お菓子をくれなければいたずらをするぞ」と言いながら近所の家を回ります。リーダーの家にもらったお菓子を持ち寄って、ハロウィンパーティーを楽しみました。
 なんでも取り入れる日本の柔軟性。季節の変わり目にパーティーを開いて楽しむスタイルが、最近、日本でも定着しつつありますね。

9月下旬

お年寄りを敬う敬老の日

9月15日は敬老の日です

 昔は、五節句がありました。奇数はめでたい陽の数字と考えられ、陽の数字が重なる、1月1日は人日(じんじつ・本来は7日だったのですが)、3月3日は上巳(じょうし)、5月5日は端午、7月7日は七夕、9月9日は重陽……5つの節句を盛大にお祝いしていました。
 でも、いつしか、9月9日の重陽の節句だけが忘れ去られ、長寿を祝う日がなくなってしまいました。女の子の節句、男の子の節句、母の日、父の日、七夕の恋人達の節句があるのに、長寿を祝う日がありません。そこで、というわけでもありませんが、昭和23年に国民の祝日のひとつとして敬老の日が定められました。
 敬老の日には、いずれ我が行く道でもあるので、高齢者に思いを馳せ、人生の先輩を尊敬する気持を表現してみましょう。


9月上旬

中秋の名月を愛でる

15個のお団子を供える

 旧暦では、7月~9月が秋。その真ん中の8月、15日が中秋の名月です。そして、9月の13日には十三夜を祝います。日本人は月見が好きなんですね。澄んだ秋空に、くっきりと浮かぶお月さまは、なんと美しいのでしょうか。
 中秋の名月には、15個のお団子を供えます。そして、季節柄、芋が実るので、芋を供えます。十三夜には栗が実り、栗を供えます。そこで、十五夜を芋名月、十三夜を栗名月と呼ぶこともあります。
 さて、15個のお団子。知人の北浦和の料亭「二木屋」の主人は、30個を積み上げると方錐系になって美しいと言います。一番下に16個、その上に9個、更に上に4個、一番上に1個。でも、30個のお団子を食べるのは大変ですね。でも、冷凍しておいて、焼団子にしたり、スイトンのようにしたりすれば、美味しく食べられますね。

8月下旬

残暑見舞いでご機嫌伺い

暑中見舞いをいただいてしまったら

 年賀状に次いで多いのが暑中見舞いのハガキ。でも、年賀状も少なくなった昨今は、暑中見舞いもグッと少なくなりましたね。
 暑中見舞いとは、立秋の前、2012年の立秋は8月7日。立春も立秋も太陽の運行によって日にちが変わります。1916~2071年は7日か8日ですが、1915年までは9日だったこともあり、2072年以降は6日のこともあるそうです。そういえば、閏年や閏秒があるごとく、自然の動きは微妙なものですね。
 さて、旧暦では暑中見舞いも季節感が合っていたかもしれませんが、新暦になると立秋と言われてもまだまだ実感が伴いません。そこで、うっかり暑中見舞いを出し忘れることもありがち。
 でも、先様から暑中見舞いをいただいてしまったら……。慌てることはありません。残暑見舞いを出せばいいのです。残暑見舞は暑中見舞いのように日にちの期限はありませんが、8月末までに出すものとされています

8月上旬

旧暦で祝う盂蘭盆会

キュウリでお迎え、ナスでお送り

 「うらぼん=ウランバナ」、古代インド語で逆さに吊された苦しみを救うという意味。
 お釈迦様の弟子の目連が「死んだ母が地獄で逆さ吊りの刑に苦しんでいますが、どうしたら良いでしょう」と尋ねたところ、7月15日に供養するように教えられました。それが、お盆の始まりで、平安時代にはすでに日本に伝わっていたと考えられています。
 精霊棚にはお位牌を置き、果物や菓子を供えますが、なぜかキュウリの馬とナスの牛が添えられます。精霊は13日の夕方にキュウリの馬に乗って家に帰り、ナスの牛に乗ってあの世に行くといわれます。家には馬に乗って大急ぎで帰り、あの世には牛に乗ってのろのろと行くというわけです。
 ご先祖様の気持を現わしている、粋な計らいですね。

7月下旬

土用とは季節の変わり目

土用とは季節の変わり目

 土用は季節の変わり目で、年に4度ありました。立夏の前の18日間は春の土用、立秋の前の18日間は夏の土用、立冬の前の18日間は秋の土用、立春の前の18日間は冬の土用。季節の変わり目は、邪気が入り込みやすいと考えられ、土用と呼び習わして邪気が入り込まないように暮らします。
 年4回あった土用は、今では春の土用だけが残されています。きっと、ウナギを食べるという習慣と結びついたために春だけが特出されたのでしょう。
 今では、土用の丑の日にはウナギを食べることが習慣になっています。そもそもの始まりは、江戸時代中期からのこととか。それは、ウナギ屋から販売促進を相談された平賀源内は、「土用の丑の日に『本日丑の日』と書いて店頭に張り出すように」と教えました。すると、飛ぶように売れたのだそうです。丑の日だから、「う」のつく食物ならなんでもよかったらしいのですが。
 「万葉集」にもウナギの歌が出てくるほどですから、昔から日本の食生活に取り入れられていたことが分かります。
大伴家持の歌
「石麻呂に吾もの申す夏やせによしという物むなぎ(うなぎ)取りめせ」
痩せている石麻呂さん、私は言いたい、夏やせに良いというウナギを食べませんか。

7月上旬

夏の夜空に流れる天の川

川の流れのように

 日本では、夏と冬の夜空に、南北に流れる銀河。それは私達が住む銀河系を横から見た姿です。しかし古代の人々は、そんなこととは思いもよらず、天に流れる川として見ていました。
 古代エジプトでは「天のナイル川」、バビロニアでは「天上のユーフラテス川」。インドでは「空のガンジス川」、そして中国では揚子江に注ぐ漢水(かんすい)が天に昇ったものとして「銀漢(ぎんかん)」と呼びました。世界中が恵に感謝し、時には畏怖した身近な川が天に昇ったのが銀河だと信じていました。
 ギリシャ神話では、乳に見立てています。全能の神ゼウスは、我が子ヘラクレスを不死身にするために女神ヘラの乳をのませようとしましたが、ヘラはヘラクレスを憎んでいたために、乳を飲ませません。そこで、ゼウスはヘラに睡眠薬を飲ませてヘラクレスに乳を飲ませたのです。目が冷めたヘラは、ヘラクレスが自分の乳を飲んでいることに驚いて、払いのけたところ、その乳が天に昇ってミルキーウエイになったのだそうです。英語のmilky wayはギリシャ神話に基づいた命名です。

6月下旬

梅雨を楽しむ

♪蛇の目でお迎え嬉しいな

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 ジャングルを歩いている時、“蛇が出たら怖いな”とか、“毒虫が落ちてくるかもしれない”とか思いながら歩いていると、本当に蛇や毒虫に出くわすのだそうです。それは、怖がっていると体から怖がっている気のようなものを発散して、蛇や毒虫は“的が来た”と感じて攻撃するのだそうです。
 同様に、“雨は嫌い”と思っていると、気分が憂鬱になってしまいます。四季があるから美しい日本。雨も五穀豊穣の恵みです。
 雨の日を楽しむために、素敵な雨傘をさしたり、明るい色のレインコートを着たり、花柄の長靴を履いたりしてみませんか。
 童謡にもありました。「かあさんが蛇の目でお迎え嬉しいな」というのが。今は蛇の目などは少なくなりましたが、素敵な傘がたくさんありますね。

6月上旬

夜空の星を見上げてみましょう

一晩で7つの惑星が見える月

 夜でもネオンサインや街頭で明るい都会では、なかなか星空を見上げることがありません。でも、キャンプなどで山に行くと、美しい星空に感激した経験を誰しもお持ちだと思います。
 6月は、惑星を見るのに絶好な季節なのだそうです。
 さそり座の1等星のすぐ北には、木星が明るく輝いています。そのさらに西には、宵の明星である金星がさらに明るく輝いています。金星のさらに西には水生。
 天王星と海王星は、夜半過ぎに東の空に登場しますが、肉眼で見るのはちょっと無理。望遠鏡があれば確認できます。
 火星は、日の出前に昇ってきますが、これは肉眼でも見えます。
 2006年に開催された国際天文学連合会総会で、冥王星が準惑星に分類されました。そこで、惑星は8つになったというわけです。でも、冥王星は大型望遠鏡でなければ確認できないのが残念ですね。

5月下旬

中国でつくられた二十四節気

立夏はすぎましたが

 二十四節気(にじゅうしせっき)とは、冬至を基点にして、太陽の運行を元に中国でつくられた季節の節目。1年を24に分けました。
 立夏とは、5月6日ごろ。夏の到来といっても、まだまだ暑さはちょっと先。5月の21日は小満(しょうまん)という節気がやってきますが、それは陽気がよくなり、万物が成長して満ちあふれる意味でした。例えば、立秋は8月8日ごろですが、日本的感覚ではまだまだ夏が真っ盛りですね。でも、月に2回ほどめぐってくる節気を感じながら季節とともに暮らすのも風情があります。

5月上旬

カーネーションが一番高い月

カーネーションでなくても……

 母の日が近づくと、お花屋さんの店先のカーネーションがとっても高くなります。
 なぜ、母の日にはカーネーションを贈るのでしょうか。それは、アメリカのアンナ・ジャーヴィスという女性が、母の命日に教会で白いカーネーションを配ったのが始まりだという説が有力です。20世紀初頭の頃のこと。そして、日本の郵政省が記念切手を発売し、日本にすっかり定着しました。さらに、アンナ・ジャーヴィスが白いカーネーションを配ったことから、亡くなっているなら白いカーネーション、健在なら赤いカーネーションが定説になりました。
 心を伝えるのが贈り物。カーネーションでなくても、または花ではなくても、何かモノに託して心を伝えればいいわけです。でも、身の回りの品では好みが違ったりするので、やっぱりお花が無難かもしれませんね。普段から、それとなく好きな花を聞いておくと良いでしょう。

4月下旬

桜の香りは気持を落ち着かせます

桜湯でリラックス

 桜は、花を愛でるだけでなく、桜餅や桜湯など、食用にも用いられます。桜餅は、桜の葉の塩漬けが利用されますが、塩漬けの過程で抗菌作用が生まれるために、餅が長持するというわけです。桜湯も、花を塩漬けする過程でクマリンという物質が生まれ、それがリラックス効果をもたらすと言われています。sakura.PNG
 おめでたい席で供される桜湯。お茶は「お茶を濁す」「茶番」「茶々を入れる」に通じると嫌われ、桜の花の塩漬けにお湯を注いだ桜湯が好まれるというわけです。これも、桜に対する異常なまでの日本人の心が求めたゆかしい習慣ですね。




4月上旬

桜には神さまが宿ります

サは清らかなものという意味

 お花見は、風土記の時代から行われていたと言われます。古来から酒やご馳走を持って山に登り花を愛でるのは、行楽的な要素とともに儀礼的な要素もありました。桜のサは、サナエ(早苗)やサオトメ(早乙女)のサと同じで、“清らかな”という意味の接頭語です。クラは、蔵とか鞍に通じ、神さまが宿る場所という説が有力。神の依代(よりしろ・宿るところ)である桜を愛でながら飲食を楽しんだのでした。
 桜が咲き始めると、日本中の桜の名所で花見の宴が展開します。江戸から明治、そして現代になると、儀礼的な要素はすっかりなくなり、単なる宴会と化してしまったお花見。それでも、桜の季節は人々を惑わし続けています。外国の人々は、桜への狂信がなせる狂宴と見ているようですが、文化圏の違う人々に日本人の桜に対する気持を伝えるのは難しいようです。
 今年も、ご馳走を持ってお花見に出かけてみてはいかがでしょうか。ただし、ゴミは必ず持ち帰るようにしましょう!

3月下旬

日本3大吊るし飾り

ひと針、ひと針、願いを込めて

 その昔、女の子が生まれると、近所や親戚から、お祝いにと吊るし飾りが贈られる習慣がありました。その復刻をしたのが、日本3大吊るし飾りと言われる酒田、稲取、柳川です。有力者の家には、たくさんの吊るし雛が贈られ、雛段の周辺に盛大に飾られました。
 明治以降、その習慣も次第に衰え、すっかり影を潜めた近年に、復刻して蘇ったのが上記の3地域です。
 酒田では“傘福”、稲取では“つるし飾り”、柳川では“さげもん”と呼ばれます。
 酒田の傘福は女の子の誕生祝いとはちょっと違って、豊作や健康長寿など庶民が願いを込めてひと針ひと針縫った作り物を傘の下に吊して観音堂に奉納する習慣がありました。それを、平成17年に酒田商工会議所女性会が復活させました。
 稲取のつるし飾りも、平成5~6年に稲取婦人会が旧家に残ったつるし飾りを元にして復刻。
 柳川では、竹の輪に赤布を巻、7個7列の作り物を飾り、中央に柳川鞠を2個下げて、合計51個。人生50年と言われた時代に1年でも長生きして欲しいという願いが込められています。

3月上旬

虫も這い出し、草も生え出し

啓蟄と社日

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寒い間は土の中に籠もっていた虫たち。二十四節気(にじゅうしせっき)では3月6日ごろが、冬眠をしていた虫たちが土から這い出してくる季節だと言われています。でも、それは中国の話。日本ではまだ1か月ほど先。でも、寒い冬を過ごして“啓蟄”の声を聞くと、春はもうすぐそこだと感じられます。
 また、これも中国伝来の季節暦ですが、“雑節(ざつせつ)”というものもあります。節分や彼岸も、この雑節のうち。3月の春分の日に一番近い戌(つちのえ)の日を「社日(しゃにち)」と呼びます。社とは、土地の神さま。春と秋にあり、春は五穀豊穣を祈り、秋は収穫に感謝します。
 古くは中国から渡った季節の節目ですが、五節句、雑節、二十四節気と、季節の節目毎に季節感を味わう暮らしは、日本だけに残された楽しみかもしれませんね。


2月下旬

2月は逃げる

月日の経つのは夢のうち

 新年を迎えたばかりと思っているうちに、もう2か月が過ぎようとしています。“1月は居ぬ”“2月は逃げる”“3月は去る”と言われ、新しい年が明けたばかりと思っているうちに、2月、3月と夢のように過ぎてしまうことを、昔の人はそんなふうに呼びました。
 今年はオリンピックの年、2月が29日までありますが、例年は28日しかないので、逃げていくように感じたのでしょう。
 さて、閏年の2月29日に生まれた人は、他の3年には誕生日がこないのでしょうか。では、40歳になっても10歳なのでしょうか。そんなことはありません。日本の法律では、2月29日に生まれた人は、2月28日を“みなし誕生日”とし、閏年でも28日を誕生日とみなしています。

2月上旬

もうすぐ春です!

季節を分けるから節分

 節分とは、文字通り季節を分ける時。旧暦ではこの日までが冬、翌日からは春になります。土用も、立春、立夏、立秋、立冬の前の18日を指し、1年に4回あったのですが、今では夏の土用(立秋の前の18日間)だけが残り、ウナギを食べて夏の疲れを癒そうという習慣だけが残りました。節分も同様、立春、立夏、立秋、立冬の前の日を指しましたが、今では立春の前の日だけが残っています。
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季節の変わり目は、季節に隙間ができ、それに乗じて鬼が出ると考えられ、邪気を払うために豆まきを行います。豆は五穀の中でも重要で、魔滅(まめ)に通じるとも考えられ、鬼も退治できると考えられていました。
 豆まきが終わると、まかれた豆を拾って年の数(数え年)だけ豆を食べると、体が丈夫になると信じられていました。タンパク質が豊富な豆は、健康を後押ししてくれるでしょうから、科学的にもリーズナブル。それより、年中行事を生活に取り入れることによって、日本の豊かな季節に対する感性を味わいたいものですね。


1月下旬

小正月

15日に小豆がゆを食べる

 昔は、満月の日(旧暦の1月15日)を月の初めとする習慣があり、新暦になってもその名残として、お祝いをする習慣が残っています。
 この日には、小豆がゆを食べる習慣がありました。『枕草子』や『土佐日記』にも、小豆がゆを食べたことが書かれています。
 松の内には赤い色をした食品を食べることを禁じていたこともあり、松が取れたこの日に赤い食品を食べて邪気を払おうとした、という説が有力。
 また、かつては元服を小正月に行っていた習慣があり、その名残で15日が成人の日となりました。しかし、小正月の意識がだんだん薄れてゆくに従って、そして休日のほうが式に出席しやすいということもあり、2000年からは1月の第2月曜日が成人の日となりました。
 松の内に人々の接待などで忙しい思いをした女性をねぎらうために、女正月として女性たちを休ませるという地方もあります。この日ばかりは、女性は何もせずに遊んでいいというのもゆかしい習慣ですね。

1月上旬

七草なずな

唐土の鳥が日本の国に渡らぬうちに

 1月7日は七草がゆを食べる日。お正月料理とお屠蘇で疲れた胃をおかゆで癒すという意味もありますが、新春早々に大地から芽を吹いたエネルギーとビタミンを頂こうという科学的な意味もあったのでしょう。
 「七草なずな、唐土の鳥が、日本の国に、渡らぬうちに」と口ずさみながら、7種類の草を刻み、おかゆに混ぜるのです。唐土とは、中国。おそらく“大陸から恐ろしい伝染病などが渡って来る前に、ビタミンが不足する冬の間の栄養不足を補って健康な体をつくっておこう”という意味があったのでしょう。
 七草とは、「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ、春の七草」と、私達は節をつけて覚えました。旧暦の1月は今の2月頃に当たりますので、山菜も芽を吹くころですが、現代はまだ芽を出していません。でも、寄せ植えがスーパーなどに売っているので、便利になりましたね。